亡魂の悲鳴

瞬く星空の下で、二人は寝袋を膨らませて寝る準備を進めていた。
目的地であるトキワシティまでボーマンダの背に乗っても良かったが、オーキド研究所を再度旅立った今日からはお構いなく野宿すると決めていた。
トキワの森で一夜を明かす事にしたのだ。
夜行性であるホーホーとヨルノズクの声が、夜であると知らせている。

『何だか旅してるって感じね。』

「俺は野宿ばかりだったし、特に違和感はない。」

薪が燃えている横で寝袋を膨らませている小夜は、大きな切り株の上に腰掛けていた。
地面に眠らせるのは可哀想だと思った二人は、モンスターボールからポケモンを出していない。

『隣で寝ていい?』

「…勝手にしろ。」

『ありがとう。』

シルバーの寝袋の隣にぴったりとくっつくように自分の寝袋を敷いた小夜は、その上に腰を下ろして天を仰いだ。
二つの寝袋の位置に顔が火照ったシルバーだが、何も言わずに黙っていた。
小夜の様子は安定してきたとはいえ心配だし、寝る位置が近いに超した事はない。
シルバーも同じように寝袋の上に腰を下ろすと、薪の火が照らしている小夜の横顔を見つめた。

「寝ないのか?」

『もうすぐ寝るよ。』

小夜は夜空を見上げたまま答えた。
小夜の顔には肌荒れ一つなく、先日シルバーが触れたその頬は滑らかだった。
もう一度触れたいと願ったシルバーは小夜に腕を伸ばしそうになったが、その欲望を気力で捩じ伏せた。

「ほら、寝るぜ。」

『うん。』

二人は寝袋に入ると、仰向けで空を見上げた。
薪が燃えている乾いた音がする。

『マサラタウンから西の森の奥に、ロケット団の基地がある。』

「何故知っている?」

『六年前にスイクンと通った時に気配で気付いたの。

研究所からは遠いから、気配は探れなかったけど。』

シルバーはロケット団の基地とアジトの両方の位置を正確に把握していた。
ただ二年前の情報の為、現在は増築や移転しているかもしれない。

『バショウと六年前に戦闘になった時、一緒にいたロケット団員はイーブイを実験材料にしようとしてた。

あれはきっと地下に運ぼうとしてたのよ。

何処かに隠れた入口がある筈。』

「確かにマサラタウンの西の地下には実験施設がある。

トキワシティの東の地下にも実験施設が一つある。」

『そうなのね。』

小夜はシルバーの方に寝返りを打った。
その表情はとても真剣だった。

『シルバー、生い立ちを教えて。』

「お前は何時もいきなりだな。」

シルバーが顔だけ小夜の方へ向けると、火に照らされている小夜の瞳がシルバーを見つめていた。

『私も話すから。

何処で生まれて如何育って、今に至るのか。』

「分かったよ。」

小夜が綺麗に微笑んだのを見て、シルバーは自然と腕を伸ばした。
小夜の小さな頭を撫でると、小夜は心地良さそうに瞳を閉じた。
口付けてやろうか、とシルバーの悪戯心が擽られた。
身体を前に乗り出して小夜の頭を引き寄せれば、簡単に唇に触れられる。
この状況をまさに生殺しというのだ、とシルバーは心底思った。

「俺が生まれたのはトキワシティだ。」

欲望を振り払うように、シルバーは語り始めた。

俺が生まれたのはトキワシティだ。
当時はまだ親父がロケット団の代表取締役ではなかった時代で、男児として生まれた俺は歓迎された。
親父がロケット団のボスとしての後継者となる事は決定事項だったし、俺はその次の後継者として期待された。
物心がついた頃からロケット団特別研究所と呼ばれるロケット団員育成を目的とする施設に預けられ、外界の人間に触れる事なく育った。

施設には奴隷として働くポケモンが多数存在した。
団員がポケモンに体罰を与えたり罵声を浴びせたりする様子は日常茶飯事で、この俺も見慣れてしまった。
ほんの一握りの人間しか受講が許されないその教育プログラムの中には、ポケモンの生体実験も含まれていた。
今思うだけで寒気がするような実験内容だった。
ポケモンの悲鳴も聴き慣れ、血飛沫すら見慣れた。
補足するが、俺は生体実験でもポケモンを殺めた事はない。
それだけは信じて欲しい――
餓鬼だった俺はそんな度胸がなかったし、研究所の人間はサカキの息子である俺にポケモンを殺させようとしなかったからだ。
俺は他の研究員が生体実験を行っているのを観察し、ポケモンの身体の仕組みについて勉強した。

当時の俺は、ポケモンを道具としか解釈していなかった。
だから実験を惨いとは思ったが、ポケモンを人間が支配しているのが当然の事なんだと、幼い俺は完全に認識してしまった。

その施設のプログラムを十歳という若さで終了した俺は、親父が居を構えるトキワシティへと戻った。
だが、其処で見た現実は酷い有様だった。
ロケット団は世界を征服する最強の闇組織だと教え込まれた俺は、ロケット団が任務に失敗し続ける様子を何度も目の当たりにした。
数年前にはコガネシティのラジオ塔を乗っ取ったが、反乱を起こしたトレーナーによって捩じ伏せられてしまった。
親父がロケット団としての活動を自粛すると言い出したのは二年前だった。


―――世界で一番強いって言ってたじゃないか!

―――一人だと弱い癖に集まって威張り散らすようには絶対ならないぞ!

―――強い男になってやる!一人で強くなってやる!一人で…!


「俺はあの親父から逃げ出した。

結局親父がロケット団の活動を自粛したのかは分からないままだ。」

『……。』

小夜は無表情で震えながら、シルバーの寝袋をきつく掴んでいた。
予想はしていたが、実際に聞くとロケット団というのは惨い実験を簡単に繰り返す闇組織なのだ。

「酷い話だったよな。

もう少しお前が安定してから話した方がよかったな、悪かった。」

小夜は瞳を揺らしながら顔を左右に弱々しく振った。
シルバーは何も言わない小夜の手を握った。

「本当に悪かった、ごめん。」

ごめん
この言葉をシルバーが使ったのは、生まれてこの方指折り数える程しかない。
此処まで素直に謝るのは、小夜に対してが初めてだった。

『いいの…ありがとう、話してくれて。』

「お前は気持ちが安定したら話せばいい。」

『うん、ごめんね。』

ロケット団を潰してやりたいという渇望が、小夜の胸に沸々と湧き上がった。
シルバーにあやされるように頭を撫でられながら、小夜は意識を飛ばした。




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