鈴の波導

まだ星が顔を覗かせている早朝。
ポケモンたちやシルバーが寝息を立てている中、深夜に行動していたにも関わらず目を覚ました小夜はベッドに寝転びながら自分の掌を見つめていた。
気配感知能力と運動能力に変化はない。
念力、シャドーボール、癒しの波導、波導弾が現在使用不可能だと明確になった技だ。
もしかすると記憶削除やテレパシーもそうかもしれない。
ロケット団は小夜を捕獲対象にしなくとも、各地で活動している。
もし小夜がそれを目の当たりにした場合、肝心の記憶削除が使用可能か疑問な中で、ロケット団の前に姿を安易に晒せない。
つまり悪事を働いているロケット団を簡単に阻止出来ない。
精鋭な防御能力を持つエーフィや攻撃能力の高いボーマンダとバクフーンがいる今、小夜が能力を使用する必要はないかもしれない。
だが、如何して此処まで不安になるのだろう。
能力を使用しなければならない事態が訪れるとでもいうのだろうか。

『!』

突如瞳を見開いた小夜は、勢いよくベッドから起き上がった。
この気配は――間違いない。
小夜は布団から出ると、リュックからワンピースを掴み出し、寝間着の上から急いで被った。
そして音を立てずにカーテンと窓を開け、ベランダへと降りた。
星が輝く夜空が朝日によって徐々に照らされていく光景を前に、小夜は瞳を閉じた。

『トキワの森とマサラタウンの間ね。』

小夜は手際良くスニーカーを履いてフェンスに脚を掛け、其処から飛び降りた。
芝生にふわりと着地すると、高速で駆け出した。
眠っている野生のポケモンたちを横切り、広大な庭を全力で駆けた。
すっと瞳を細め、オーキド研究所を囲う高い柵を見つめると、エーフィでも消せない特殊な仕掛けのある電圧のシールドが消え去った。

『えーい!』

充分に助走をつけて地面を蹴り、十数mもある柵を飛び越えた。
柵の頂点で膝を抱えて身体を回転させ、柵を通り越した時、電圧のシールドは元に戻った。
小夜は柵の傍にあった木の太い枝に着地し、再度駆け出した。
以前は隠れるように行動しなければならなかったが、解放された今はそれを気にせず森の中にある道を堂々と駆け抜けられる。
このような早朝の時間帯に道を歩く物好きな者は小夜以外に誰一人いなかった。

『近い…!』

道を駆け抜けていた小夜は、横に逸れて木々の間に突っ込んだ。
小夜の身体に木の枝や葉が当たって小さな擦り傷を幾つも作っていくが、そんな事は気にしていられなかった。
せせらぎの音が聞こえたと思うと、木々の抵抗がなくなり、砂利に挟まれた小川に出た。
息の乱れ一つない小夜が付近を見回すと、小川を越えた先に小夜が感じ取った気配の主が横たわっていた。

『ネンドール!!』

名を呼ばれたポケモンはぴくりと腕を動かした。
複数ある目の一つだけを薄ら開くと、霞んだ視界の中で主人が愛した少女が此方に向かって走るのが見えた。
小夜は砂利の上に倒れていたネンドールの一m以上ある大きな身体を撫でた。

『よく此処まで来たね。』

ネンドールは同じく複数ある嘴の一つを小刻みに動かし、鐘の音のような声で何かを呟いた。
ネンドールが小夜の前で口を開くのはこれが初めてだった。

“彼を助けられなかった。

責めるなら幾らでも責めて欲しい。”

『馬鹿ね、責める訳ないでしょ…。』

小夜はネンドールの身体の上に手を当てたが、集中しても青い光が極微量にしか放出されなかった。

『…そうだった…。』

現在は一部の能力が制限されている。
ネンドールの様子を見ると、身体には傷がない。
状態異常の可能性があるが、これはポケモンによる麻痺でも毒でもない。

『人工的に作られた毒を盛られてる…。』

このままでは命が危険だ。
ボーマンダを呼びたいが、指笛を使用するには距離が遠過ぎる。
テレパシーが使用可能か如何か、小夜には自信がなかった。

『ごめん、振動が辛いかもしれないけど…。』

小夜は持ち前の怪力でネンドールを背負うと、一目散に駆け出した。
ネンドールを背負いながら先程通ってきた狭い木々の間を突っ切るのは難しい為、少し遠回りでも開けた道を通った。
駆けながらもテレパシーを使用してみた。

ボーマンダ、お願い。
届いて――!




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