1-2

女に感謝の一言も告げないまま、俺は無言で診察室を後にした。
丁寧な治療を施してくれたし、塗り薬まで手渡されたというのに、何も言えなかった。
扉の前で、匡近が壁に背中から凭れながら待っていた。
俺を見るなり、にんまりと笑ってみせた。
先に廊下を歩き出した俺の隣を、勝手についてくる。

「どうだった?」
「何がだよ」
「お喋りできたか?」
「別に何も話してねぇよ」

匡近から注がれる好奇の視線が、俺の癪に障る。
なんだよ、そのにやけ顔は。
何も訊ねていないというのに、匡近は勝手にベラベラと話し始めた。

「円華ちゃんはお前の三つ下だ。
水の呼吸で先月の最終選別に臨んだらしいけど、円華ちゃんの日輪刀は薄紅色でさ。
それを聞いた胡蝶さんが直接円華ちゃんに花の呼吸を指導したら、凄かったらしい」
「…凄かっただァ?」
「お、話に食いついたな?」

蝶屋敷の玄関を出た所で、匡近は再びにんまりと笑った。
俺はこの兄弟子に何かを見透かされるような気がした。

「円華ちゃんは一目見ただけで、一通りの型を使えるようになったらしい。
こんなに華麗に花の呼吸を使う剣士はいないと思った胡蝶さんが、継子にならないかってその場で提案したらしいぞ」

やはり、才覚のある女だったか。
その姿を見ただけで、手練れだと分かった。
隙が見つからなかったし、纏う空気感自体が洗練されているように感じたのだ。

「しかも最終選別の前に医学を学んでいたらしい。
胡蝶さんの継子にぴったりな子だよな」
「そんな話、誰から聞いたんだァ?」
「しのぶちゃんさ」

四六時中に渡って眉を吊り上げている、胡蝶姉妹の妹の方か。
匡近は妹の方と楽しそうに喋っているが、一方の俺はあまり話したことがない。

「円華ちゃんに興味があるんだろ?」
「っ、はァ?!」
「何をそんなに慌ててるんだい、実弥くん」
「テメェ…!」

兄弟子の馬鹿にしたような口調に苛々する。
匡近は空を仰ぎながら、楽しそうな目をした。

「お前があんな顔するなんてな」
「…どんな顔だ」
「目を奪われましたって顔」

俺は愕然とした。
それを見た匡近が大口を開いて笑った。
俺の顔に血が昇ると同時に、全身が熱くなるのを感じた。

「バカ言ってんじゃねェ!!
テメェの目は節穴だァ!!」
「はいはい、そうだなー。
さて、そろそろ飯食いに行こうぜ」

能天気な兄弟子に苛々が止まらない。
俺は不意に左の前腕を見た。
丁寧に巻かれた包帯を見ると、あの女の顔を思い出す。
その表情は物憂げだったり、羽根のように柔らかく微笑んだり、無感情になったり。
今日だけで色々な表情を見た気がする。

「また明日の朝から蝶屋敷に行こうな」
「誰が行くかよォ」
「よし、決定だ」
「俺は行かねェからなァ!」
「なあ、実弥」

にんまりとしていた匡近が、少しばかり哀しげに笑ってみせた。
突然のその表情に、俺は口答えするのをやめた。

「昨日さ、話したことのある隊士が一人死んだんだ。
入隊してからまだ日が浅くて、話の面白い奴だった」

匡近が何を言いたいのか、俺はすぐに分かった。
皇木円華というあの女も、入隊してから浅いのだろう。
鬼との戦闘経験が不足している隊士は、特に死にやすい。
俺も仲間を目前で何人も失ってきた。

「明日、行こうな」

行かないと言っても、匡近は俺を引っ張っていくのだろう。
俺はもう一度だけ包帯に視線を落とした。



2022.3.22





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