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一体何なんだ、この感情は。
苛立ち、悲哀、それとも怒りだろうか。
それが誰に対して向けられているのかも分からない。

「実弥!」

早足で蝶屋敷の門戸を抜けた所で、匡近が俺を追いかけてきた。
俺は振り返らず、立ち止まりもしなかった。
この理解不能な激情を匡近にぶつける訳にはいかない。
怪我のない右腕を掴まれたが、それは男による角張った手ではなかった。
柔らかくて、繊細な手だった。
はっとした俺が反射的に立ち止まった時には、あの女に見上げられていた。

「不死川さん」
「……な…っ」

俺は露骨に動揺してしまった。
皇木円華が俺の右腕を両腕で掴み、俺を間近で見上げている。
女は困惑の表情を浮かべながら、懸命に言った。

「何処へ行くのですか?
怪我の状態を見せてくださるのでは?」
「…気が変わった」

あの男隊士を押さえ込み、その背中を撫でていた手。
この女は蝶屋敷で治療を施し、執刀までこなしている。
隊士に触れる機会が多いのは当然だ。
なのに、俺は一体何を苛立っているのだろうか。
視線を逸らした俺に、女は説得を続けた。

「不死川さんはお怪我をされてもなかなか治療に来てくださらない隊員だと師範から伺っております。
粂野さんに連れられたとしても、あなたは今日ここへ来てくださいました。
私はそれがとても嬉しいのです」

女から見つめられているのを感じるが、俺は見つめ返せない。
手で直接触れられている腕が熱い。

「治療させてください。
私のことが嫌でしたら、師範やしのぶさんにお願いしても構いませんから…」

違う、嫌な訳がない。
それを口に出す勇気など、不器用な俺は持ち合わせていない。

「離せ」
「お断りします」
「違う…帰らねぇから、離せ」

俺の言葉を信用していないのか、女は未だに手を離そうとしない。
早く離してくれないと、左腕から知恵熱でも出そうだ。
俺が女の顔をチラリと見ると、不安そうに眉を顰めていた。

「もし帰ろうとしたら捻り上げます」
「そりゃあ怖ぇなァ」

強情な女だな、悪くない。
俺が口角を上げると、女は不思議そうに目を瞬かせた。
そして、その手はゆっくりと離れた。
いざ離れてしまうと名残惜しいなど、矛盾している。

「ありがとうございます」

女は申し訳なさそうに微笑んだ。
そのような表情でさえ愛らしいと思う俺は、どうかしている。

「おーい、お二人さーん。
俺もいるんだけどなあ、ここに」
「粂野さん、忘れていませんよ」
「テメェは帰りやがれェ」
「酷いぞ、実弥!」

少しだけだとしても、女と会話ができた。
たったそれだけで、理解不能な激情は萎んだのだった。



2022.5.13





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