8-1

「実弥さん」
「…ん…」
「朝ですよ、起きてください」

円華の柔らかな声が心地良い。
優しく肩を揺すられるのも悪くない。
そういえば、初めて円華と一緒に寝たんだった。
互いに緊張して寝られないかと思いきや、円華の入眠が早過ぎて、一人で突っ込みを入れたくらいだ。
俺は円華が肩を揺する手を握ったが、一方の目はなかなか開かない。

「実弥さん、起きてくれないとこの子が…。
こら、駄目!朝陽丸!」

円華が何かを牽制している?
やっと目を開けようとした、その時。

「カァァァ!!!」
「うっ…!」

耳元で絶叫された。
アホくさい鳴き声が耳孔から脳内にガンガン反響した。
それは円華の鎹鴉の絶叫だった。
顔に青筋が立った俺がクソ鴉を鷲掴みにしようとすれば、ひらりと回避されてしまった。
即座に布団から上体を起こし、枕元に置いてあった日輪刀の鞘を引っ掴んだ。

「クソ鴉がァ!!刻んでやらァ!!」
「実弥さん落ち着いて…!」

円華との穏やかな朝が台無しだ。
クソ鴉は馬鹿にしたような声で鳴きながら、縁側を抜けて飛び去っていった。
円華は困惑しながら微笑んだ。

「おはようございます」
「ああ…おはよう」

目覚めの良い朝になりそうだったというのに。
癖である舌打ちが出そうになっていると、円華が俺の髪に触れた。

「寝癖」
「直さねぇとな…」
「実弥さんの髪、ふわふわ」

優しい手付きで髪に触れられていると、クソ鴉への怒りが急速に萎んで消えていった。
円華は既に優美な羽織と隊服を身に纏っている。
円華の寝癖も見てみたかった。
次は円華よりも先に起きてやろう。

「朝陽丸にはよく言っておきますね」
「次にやったらマジで刻むぞと言っておけェ」
「ふふ、それも言っておきます。
ですが私はあの子のお陰で寝坊をしなくなったんですよ」

あのクソ鴉は断じて許せないが、円華の笑顔が愛らしい。
円華も当時はあのクソ鴉に絶叫され、耳鳴りでもしたのだろうか。
クソ鴉に起こされて困惑する円華を想像すると、自然と口角が上がった。

「ここの家主様には、実弥さんのことを深夜に私が勝手に招いてしまったと謝罪しておきました」
「悪ィなァ」
「もうすぐ朝餉を運んでくださいますよ」

朝餉の前に、円華の柔らかい肌に少しだけ触れたい。
その頬に手を滑らせた時、俺は円華の顔色に目を細めた。

「やっぱりな…顔色が悪い」
「少し疲れているだけで、体調は良いですよ?
だって実弥さんと一緒ですから」

愛くるしい台詞だが、はぐらかされた気がする。
本当に疲れているだけだろうか。
すると、襖の向こうから嗄れた老婆の声がした。

「鬼狩り様、お食事をお持ちしました」
「ありがとうございます」

円華は家主らしき老婆に声をかけると、襖を開けた。
二人分の箱膳に豪華な朝餉が並べて置かれていた。
俺は腰の曲がった家主に声をかけた。

「婆さん、勝手に入って悪かったな」
「お気遣いなく」
「水を借りるぜ」
「ええ、ご遠慮なくどうぞ」

家主は曲がった腰を更に曲げて頭を下げると、鈍い足取りで部屋を出ていった。
あの老体で隊士の食事や洗濯などの世話が捗るのだろうか。
美味そうな朝餉を見た円華は、顔を嬉しそうに綻ばせた。

「寝癖を直して来てくださいね。
私はお待ちしています」
「オイ、円華」

俺は円華の手を取り、立ち止まらせた。
その綺麗な瞳に俺が映っている。

「何か隠してねぇか」

円華は一切の動揺も見せなかった。
ただ静かに微笑むだけだ。
その表情から感情を読み取れない。

「何故そう思うのです?」
「勘だ」

円華は否定も肯定もしない。
勘は確信へと変わりつつあった。
円華は何か隠している。
きっとそれは、顔色が悪いことと関係している。

「折角の朝餉が冷めますよ」
「円華」
「顔を洗ってきてください」
「はぐらかすんじゃねぇ、話せ。
それとも…まだ俺は信用ならねぇか」

その瞳の奥に、ほんの微かに動揺が見られた。
俺はそれを見逃さなかった。
円華は少しばかり間を置いた後、ゆっくりと口を開いた。

「…話します、後で必ず」
「話しやがれ、今すぐにだ」

円華は弱々しい微笑みで首を横に振った。
強情な女だな。
そういう一面も悪くはないが。

「約束しなァ…必ず話せ」
「分かりました」

視線を伏せる円華が、何かと葛藤しているように見えた。
哀しい顔をさせたい訳ではない。
俺は円華を強く抱き竦めた。

「実弥さん…」
「俺はお前が大事で仕方ねぇんだ…覚えとけ」

だから、後で必ず話してくれ。
円華は俺の背中に両腕を回した。
頼むから、俺には何も隠さないで欲しい。





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