12-1

煉獄さんが着衣を持ってきたということは、今後はこの屋敷に泊まれるということだ。
男女が共に一夜を過ごすということは、どうしても甘い情交を連想してしまうのだけれど。
それ以前に、私には不安があった。
毎夜、鮮明に見る悪夢のことだ。
祖母が鬼の手で引き裂かれる凄惨な現場を、毎日のように脳内で突き付けられる。
朝に目覚めると、涙が伝っているのが日常になってしまった。
それを煉獄さんに話したことはない。

「いい湯だった!」

寝室に煉獄さんが顔を出した。
髪が濡れている煉獄さんは、夜着の着流しを見に纏っていた。
肩に手拭をかけていて、特徴的な髪は結われていない。
褥の準備をしていた私は、初めて見る煉獄さんの姿に心音が煩くなった。
私は陽が落ちる前に湯浴みをする習慣がある。
今日も煉獄さんが屋敷に来る前に、既に湯浴みをしてあった。
薪で改めて湯の温度を上げてから、煉獄さんに入ってもらった。

「少し話そうか」
「是非」

私たちは縁側に腰を下ろした。
藤の花の御香が仄かな香りを漂わせていて、藤の木は穏やかな風に揺れている。
夜空には雲一つなく、月と星々が仲良く煌めいている。
一人では心細く感じるような夜も、煉獄さんと一緒なら心が温かい。
肩が触れ合う程の距離にいると、煉獄さんの髪から雫が滴っていることに気付いた。

「まだ髪が濡れていますよ」

私は煉獄さんの前に移動すると、その肩にかけている手拭で、特徴的な髪を丁寧に拭いた。
こうして共に過ごすことでしか見られない煉獄さんに、私は嬉しくなった。

「髪を拭かれるのは不思議な気分だな」
「普段からしっかり拭かないといけませんよ?」

煉獄さんのことだから、大胆に自然乾燥で放ったらかしにしそうだ。
水気が大分減った髪に、そっと触れてみる。
行灯の明かりに照らされる髪は、やはり特徴的だ。
煉獄さんは笑ってみせた。

「風変わりな髪だろう。
御先祖様が海老天を食べ過ぎたせいだ」
「私は好きですよ」

煉獄さんは少しばかり驚いた表情をした後、嬉しそうに目を細めた。
そして、私の頬に右手を添えて、優しく撫でた。
鍛え抜かれた手が温かくて、私はそれに自分の両手を重ねた。

「君は愛くるしいな」

煉獄さんは私をいつも褒めてくれる。
私はその度に照れ臭くて、言葉が上手く出ない。

「今日も君の飯はうまかった。
君がこうして傍にいるというのは、とてもいいな」
「私も煉獄さんのお傍にいると、心が温かくなります」

私が煉獄さんに縋るように抱き着くと、逞しい体に包み込まれた。
今、私たちは二人きりだ。
誰にも邪魔されない。

「那桜、先に話したいことがある」
「何でしょうか」

話したいと言いながらも、煉獄さんは私の背中に回す腕を解かない。
私は煉獄さんの肩口に頬を寄せたまま、耳を傾けた。

「胡蝶がいつでも屋敷に来てくれと言っていた。
君の力を貸して欲しいそうだ」
「私の力を、ですか」
「胡蝶は君に優秀な人材として鬼殺隊に入隊して欲しいのだろう」

私は本当に優秀な人材なのだろうか。
天賦の才があると言われても、自覚は全くない。

「それともう一つ。
君に命を救われた隊士が、直接礼を言いたいそうだ」
「お礼を言われる程では…。
命を救うのは突然であって、稀血の私はあのように行動するべきでしたから」
「君ならそう言うと思っていた」
「心のほんの片隅で、たった一度でも感謝をしてくれたら、それで充分です。
そうお伝えいただけますか」
「分かった」

もし今、鬼殺隊士になりたいかと問われると、答えはいいえ≠セ。
覚悟がない、鍛錬が足りない。
それらも理由として挙げられるけれど、一番の理由は煉獄さんの言葉だ。

―――俺は君に剣士よりも、屋敷で安全に過ごして欲しいという思いの方が強い。
―――俺が君を守る。

私は煉獄さんに守られている。
今までだって、たった今もそうだ。

「煉獄さん…あの」
「どうした?」
「今までお伝えしたことはないのですが、心配なことがあって」

煉獄さんは私の両肩に手を置くと、私の顔を見た。
その表情から、話を真剣に聞こうとしているのが伝わる。

「毎夜、悪夢を見るのです」

何の悪夢を見るのか、煉獄さんには説明不要だろう。
哀しげに眉を顰める煉獄さんに、私は躊躇いがちに言葉を続けた。

「魘されたりして、ご迷惑をおかけしなければ良いのですが…」
「迷惑などではない。
もし君が魘されていたら、俺が起こしても構わないか?」
「はい」

やっぱり煉獄さんがいると心強い。
そんな煉獄さんだからこそ、私は心惹かれたのだ。

「煉獄さんがお傍にいてくださったら、悪夢からも守ってくださるような気がします」
「そうであればいいが」

こうして抱き寄せてくれる温もりが、私を悪夢から守ってくれる気がする。
すると、煉獄さんは少しばかり不安そうな口調で訊ねた。

「俺は君の心の傷を少しでも癒せているだろうか」
「当然です。
煉獄さんがいなければ、私は立ち直れませんでした」
「そうか、良かった」

私の背中に回される両腕の力が、より強くなった。
煉獄さんがいなければ、私は祖母の死をひたすら嘆き哀しみ、独りで命を散らしていたかもしれない。
こうして煉獄さんが傍にいてくれるようになるなんて、当時の私は思いもしなかった。





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