白霊山編:聖域-2

「ごめんね、りん」
「花怜さま?」

不思議そうに私を見上げるりんを振り切り、私は風を斬るように駆け出した。
殺生丸さまが私を引き留めようと踏み出したのが分かったけれど、私はあっという間に聖域に入り込んだ。
音もなく地を蹴り、ふわっと飛び上がった。
突然上から降ってきた私に、中性的な男が目を丸くした。

「へ…?」

私は拳を振り上げ、素手で殴り付けた。
岩肌が円状に凹み、砕けた石が飛び散った。
間一髪でそれを回避された私は、躓いた男が再び駆け出すのを見ながら囁いた。

「…殺します」

何も出来なかった自分が疎ましい。
せめて、一人だけでも始末したい。

「こっちは蒼の巫女に逢ったらとりあえず逃げろって言われてんだ!」

私は無気力な自分を感じながら、袴から柄を取り出した。
霊気を具現化した霊刀を片手に、男の後を追おうとした時──

「花怜さま!!」

悲痛な叫びに、私ははっとして振り向いた。
駆け寄ってきたりんが、私に縋るように強く抱き着いた。

「やだ、行かないで…花怜さま」
「…りん」
「傍にいてよぉ…お願い…」

泣き出したりんに、胸が締め付けられるような思いがした。
霊刀を収めた私は片膝をつき、りんの身体を抱き締めた。

「ごめんね…」
「このまま花怜さまが…どこか遠くに行っちゃうような気がした…」
「行かないよ?
殺生丸さまの所へ戻ろうか」

涙目で頷いたりんが私の手を握り、殺生丸さまの元へと二人で歩き出した。
確かに、私はりんの言った通りの事を考えていた。
あの男を始末した後は、頭を冷やす為にこの場を密かに離れようと思っていた。
殺生丸さまは聖域から出てきた私の姿を見つけると、訝しむように目を細めた。
私は殺生丸さまと視線を合わせられずに、桔梗さまに頭を下げた。

「巫女さま。
りんを助けてくださり、ありがとうございました」
「いえ、当然の事をしたまでです。
あなたは蒼の巫女さまですね」
「はい、花怜と申します」

この人が、犬夜叉さまの想い人。
死人の巫女である桔梗さま。
かごめちゃんと顔立ちがとてもよく似ている。
りんも桔梗さまに感謝を口にした。

「助けてくれて、ありがとう」
「ああ、怪我はないか?
怖かったろう」

桔梗さまの身体を動かすという死魂が、とても少ないように感じる。
桔梗さまも早く此処を去った方がいい。
不意に殺生丸さまが私の名を呼んだ。

「花怜」
「……」

私は今一度桔梗さまに頭を下げてから、殺生丸さまに振り向いた。
あの男を殺そうとした時、殺生丸さまに引き留められないように、私はあの男を追って聖域へと入った。
私が敢えて聖域に踏み込んだ事に、殺生丸さまは気付いているだろう。
私は無言で殺生丸さまに近寄り、傷のある右腕と毛皮を治療しようと手を添えた。

「何故目を逸らす?」
「…だって…」

人間よりも治癒能力の高い妖怪である殺生丸さまの傷は、簡単に完治した。
その右腕にこびりついているのは、あの男の血だ。
殺生丸さまは戦っていたというのに。
りんが私を呼んでいたというのに。
私は一体何をもたついていたのだろうか。
いたたまれない思いを感じながら、白衣の袖で殺生丸さまの右腕の血をごしごしと拭いた。

「よせ」

殺生丸さまは腕を引っ込めた。
俯いたままの私は、殺生丸さまに顔向け出来なかった。

「行くぞ」

殺生丸さまが静かに踵を返し、歩き出した。
りんは慌てて私の隣に駆け寄ってくると、桔梗さまに振り向いた。

「さよならっ」
「さようなら、桔梗さま」

りんに続いて別れの挨拶を口にした私は、もう一度だけ桔梗さまに頭を下げてから、りんと隣同士で歩き出した。
この聖域の傍では、殺生丸さまの身体が辛い筈だ。
そう遠くない場所にいるであろう邪見さまを探して、早く此処を離れよう。



2018.10.13




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