白霊山編:聖域

白霊山の麓を全力で駆け抜けている私は、殺生丸さまの妖気を追っていた。
村では治療に手間取った。
隣の村にも重傷の人間が大勢いて、私は多くの霊気を使った。
刺客が来るのではないかと思っていたけれど、誰かに奇襲されるような事はなかった。
殺生丸さまたちは無事だろうか。
この神聖な空気は、殺生丸さまには苦しい筈だ。
私も仮に心が乱され、封じている妖気が外に出るような事があれば、正常ではいられなくなる。

ほんの微かに人間の声がする。
そして、妖気と霊気を感じる。
この霊気は一体誰のものだろうか。

「ばーか、もう遅いっつーの。」
「死にな!」

遠くからりんの恐怖が伝わって来る。
私の助けを呼んでいるのが分かる。
間に合って、お願い…!

足がもつれそうになる程に走った先に、矢の軌道が見えた。
それはりんを刺し殺そうとしていた男の喉に突き刺さり、男は仰向けに倒れた。
破魔の矢を放ったのは、馬に跨る巫女さまだった。
妙な刀を持つ男の姿もあるけれど、その胸には穴があり、吐血しているのに生きている。
七人隊と思われる二人、そして巫女さまは、気配によると死人だ。
そして、殺生丸さまは毛皮と右腕に傷があった。

「花怜さま…!」

りんが駆け寄って来たけれど、私はその場に立ち尽くした。
何も出来なかった無力な自分が、無様で堪らない。
胸に穴が開いている男は、四魂のかけらによって命を繋ぎ止めたまま、私を見ると顔を歪ませた。

「げっ、蒼の巫女…!
煉骨の野郎、しくじったのかよ!」

女々しい顔立ちをした男は、聖域の方へ逃げ出した。
やはり、私は意図的に足止めされていたようだ。
りんが私の蒼い袴を掴み、ぴったりと寄り添って来た。
殺生丸さまから視線を感じる。
私はその視線に心苦しくなった。
すると、馬から降りた巫女さまが不安定な足取りで歩き出し、倒れている男の傍にしゃがんだ。
男は風の音にかき消されそうな声で言った。

「桔梗…さま…。」

桔梗――?
その名をかごめちゃんから聞いた事がある。
死人の巫女であり、犬夜叉さまの想い人だ。
桔梗さまは男に訊ねた。

「あなたは…医者の睡骨さまか?」

その台詞を聞いて、この睡骨という男が多重人格だと分かった。
りんを殺そうとした男と別の人格は、七人隊ではなく医者のようだ。
男の首に埋められた四魂のかけらが、破魔の矢で浄化されている。

「私の首の…四魂のかけらを取ってください…。
それで私は骨に返る…。」
「死を…選ぶと?」
「やっと思い出した。
私は一度死んでいる。」

前に生きていた時も、もう一人の自分は沢山の人を殺した。
けれど自分はそれを如何しようも出来なかった。
同じ過ちを繰り返すのは、もう耐えられない――
睡骨という男はそう語った。

「頼む…桔梗さま。
かけらを取って…私の魂を救って欲しい…。」
「睡骨さま…。」

桔梗さまが震える手で四魂のかけらを取ろうとした時、何かが男の首を斬った。
あの妙な刀の太刀筋だった。
逃げ出した筈の中性的な男が、奪った四魂のかけらを掌に乗せた。

「形見がわりに貰ってくぜ。」

かけらを抜かれた男の身体が、骨に返った。
その様子に驚いたりんが、私にしがみ付いた。

「あばよ!」

男は再び聖域へと逃げ出した。
しかし、私はそれを逃す気などなかった。





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