白霊山編:不吉

異様なまでに大量の血と、毒煙の臭い。
しかし、妖怪の臭いはしない。
人間の仕業である事は、花怜も察していた。
小丘に立つ私と花怜は、遠くに確認出来る人里を見つめていた。
その人里から、血と毒煙の臭いが立ち込めている。

『何かありますね。』
「行くのか。」
『見過ごせません。』

ふと花怜が振り向いた。
視線の先には邪見たちがいるが、阿吽の背に乗るりんの様子がおかしかった。

『りん…?』
「花怜さま…息が苦しい…。」

花怜は阿吽に駆け寄り、りんに両腕を広げた。
顔色の悪いりんは花怜の首元に弱々しく抱き着き、草むらに降ろされた。

『ゆっくり息を吐いて。』

花怜はりんの鳩尾に掌を当て、蒼色の光を柔らかく放った。
りんの顔色が良くなり、その目にも力が戻った。

「あれ?楽になった。」
『解毒したからね。』

りんにしがみつかれたまま、花怜は荷物の袋を開けた。
其処から竹筒と薬草を取り出し、目を閉じると、体内の妖気と霊気を反転させた。
現れたのは清らかな霊気だ。
水の入っている竹筒に薬草を直接入れ、治癒能力のある霊気を掌から竹筒の中へと封じ込んだ。

『これは解毒薬だよ。
暫く効くから、飲んで。』
「ありがとう、花怜さま。」

りんの体内に入る水なら、妖気ではなく霊気である必要がある。
その為に、花怜は二つの気を反転させたのだ。
りんが竹筒から解毒薬を一気飲みしている隣で、花怜は袋から畳まれていた羽織を取り出し、りんの肩に掛けた。

『これは何時もの羽織だけど、私の妖気が練り込んである布地で造られたものなの。
多少の毒避けになると思うから、此処から離れるまで手離さないで。』
「うん。」

りんは羽織を頭から被り、身体の前で深く交差させた。
完全に包み込まれた姿に、花怜が優しく微笑んだ。

『邪見さまと阿吽は平気ですか?』
「何ともない。
そういう花怜は如何なのだ?」
『平気です。』

邪見と阿吽の体調を確認した花怜は、私の元に歩いて来た。
私の妖鎧に手を添え、真剣な眼差しで見上げてきた。

『幼い子供だと、この距離でも風に乗った毒の影響があります。
殺生丸さまは皆を連れて此処から離れてください。』

花怜は一人で行く気だ。
目を細めた私に、花怜が言葉を続けた。

『この先には白霊山という神聖な山があります。
近付き過ぎないでください。
殺生丸さまでも浄化されてしまいます。』

花怜の頬にそっと触れれば、清らかな霊気を感じる。
妖怪の私でも鬱陶しく思わないこの霊気は、二つの気を持つ花怜だからこそだ。

「お前の心が乱れてから日が浅い。
私の傍から離れる気か。」

慕っていた着物屋の人間を失い、野党を殴り殺しかけた花怜は心を乱された。
体内で二つの気が反発し合っていたのを鎮めたのは、私だ。
花怜の腰を引き寄せ、端整な顔を間近で見つめた。

『皆の傍にいてあげてください。
私なら早く戻ります。』
「お前の早く戻る≠ヘ当てにならん。」
『な、なるべく早く戻ります。』

私は横目で邪見を見た。
何かを察した邪見が慌てて背を向け、りんが頭から被っている羽織を引っ張り、りんの視界を遮った。
その瞬間に、私は花怜の唇を短く塞いだ。

「必ず戻れ。」
『はい、必ず。』

花怜が行くというのなら、私は引き留めない。
しかし、不吉な予感がする。
花怜もきっと、同じように予感していただろう。
だからこそ、別れが名残惜しかった。
人里へ向かう花怜の姿を見送り、私も歩き出した。



2018.9.12




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