もう一人の博士-5
そして、現在。
六年経過した今、小夜は十歳とは思えない程の成長を遂げた。
外見は何処から見ても十五歳を超えていたし、精神年齢も実年齢を超えている。
だが時折見せる幼い部分は十歳の少女そのものだった。
オーキド博士は人間とは異なった成長をする小夜を、傍でそっと見守っていた。
回想を終えた小夜は大量のポケモンフードを持ちながら空を仰いだ。
『懐かしいな…。』
「?」
先程から少し可笑しな小夜に、シゲルは頭の中に疑問符を浮かべた。
オーキド博士が助手にすると言って突然紹介してきたこの少女に、シゲルは一目見た時から心を奪われた。
自分と同い年の筈の小夜は自分よりも十cm近くも身長が高い。
三年前、小夜に身長を初めて越され、その時はすぐに追い越してやると意気込んでいた。
だが十歳になっても身長は小夜の方が上であり、更には旅についてこないと言う。
シゲルは幼いなりの恋煩いに日々頭を悩ませていた。
二人は庭の全てのポケモンにポケモンフードを与え終わると、研究所のベランダ前にある芝生に戻った。
小夜は手伝いをしてくれたエーフィとボーマンダにポケモンフードを与えた。
六年間ずっと傍にいてくれるこの二匹に、小夜はとても感謝していた。
「ねぇ小夜、君もモンスターボールは貰うんだろ?
エーフィとボーマンダは手持ちにするのかい?」
『えっ。』
トレーナーとしてポケモンを所有する権利が与えられるのは、シゲルだけではなく小夜も同じだった。
小夜はうーんと考えてから、ポケモンフードを美味しそうに頬張るエーフィとボーマンダをまじまじと見つめた。
二匹は嬉しそうに鳴き、手持ちになるのは歓迎だと主張した。
小夜は嬉しくなって微笑み、シゲルはそれを見て頬を真っ赤に染めた。
なんて可愛らしく笑うんだろう。
「お、お、おじい様はえっと小夜にもゼニカゲ、ヒトガメ、フシギダネの内の一匹をく、くださると思うよ。」
『何だか色々違うよ。』
小夜はクスクス笑った。
旅に出るか否か、まだ迷っていた。
バショウは小夜がこの研究所にいると思っている筈だ。
バショウの忠告を守り、外出を控えて研究所に入り浸っていた小夜には旅をするという決断は難しかった。
研究所を出るとなると、ロケット団に多少なりとも近付く事になり、危険極まりない行為だ。
だが旅に出たい気持ちは確実にあった。
自分の知る世界をもっと広げたい。
明日という日はその為の良い機会だった。
『もう少し考える。』
「そうかい。」
シゲルは赤い両頬をぱんぱんと叩いて平静を装った。
ああだこうだと詮索してこないシゲルに、小夜は助けられていた。
シゲルとは兄妹のように育ち、オーキド博士と同様に本当に感謝している。
『私、博士の処へ戻るね。』
「ああ、また明日。
最初のポケモンを選ぶ時、見ていてくれるかい?
其処で暫しの別れの挨拶だ。」
『うん。』
小夜をあまり人前に出せないと知っているシゲルは、敢えて見送りをして欲しいと言わなかった。
シゲルは背を向けると、小夜と二匹に手を振った。
「じゃあまた明日ね、ハニー。」
『またね。』
シゲルは研究所とは別の屋敷へ戻っていった。
小夜は研究所の四階の角部屋を借りて暮らしている。
食事が終わって寛いでいる二匹の隣で、芝生に寝転んで空を見上げた。
以前暮らしていた研究所からは見えなかった空と太陽が、此処では幾らでも見える。
あれから六年も経った。
だがバショウは全くもって音沙汰がない。
『逢いたいよ。』
小さな呟きは風に攫われて消えていった。
彼は今、何を見て何を感じているのだろうか。
自分の事を少しでも想ってくれているのだろうか。
六年間、毎日懲りずにそればかり考えていた。
その時ふと風の変化を感じ、小夜は無表情で起き上がった。
『何か来る。』
持ち前の第六感でそう感じ取った小夜に、エーフィとボーマンダも即座に周囲を警戒した。
張り詰めた空気の中、突如小夜の目の前にポケモンがテレポートで現れた。
『わ?!』
小夜はそのポケモンと頭がぶつかるかと思った。
『貴方は……ネンドール?』
ふわふわ浮いているネンドールには目と嘴が沢山あり、そのタイプはエスパーと地面だ。
ネンドールは嘴の一つに手紙を咥えていた。
驚いて座り込んだままだった小夜は慌てて立ち上がり、ネンドールに向き合った。
『私に?』
ネンドールは無言で頷き、小夜はその手紙を受け取った。
ネンドールは全く声を発する事なくすぐにテレポートで消えてしまい、小夜たちには急いでいたように見えた。
“小夜!”
エーフィに強く名前を呼ばれ、小夜ははっと我に返った。
何処か夢見心地な顔をしている小夜に、エーフィは厳しく言う。
“透視は?!
透視はしたの?!”
『あ…。』
小夜には透視能力が備わっている。
ポケモンを見るだけでそのボールの位置と主人が誰かを透視し、逆にボールを見るだけで中にいるポケモンと主人が誰かが分かる。
更にポケモンと主人の絆の深さまでもが伝わるという特異な能力だ。
『ごめん…びっくりしちゃって忘れてた…。』
エーフィは俯いて困惑し、ボーマンダは仕方ないという表情をした。
この六年間、外界から小夜を訪ねてくるポケモンなど全くいなかったのだから、驚いて当然だ。
小夜はネンドールが誰のポケモンか透視出来なかった事を後悔しながらも、受け取った手紙へと視線を落とした。
何も書かれていない真っ白な封筒だ。
『宛名がない。』
糊で封もされていない封筒を開けて中身を取り出すと、小さな紙が一枚入っていた。
今宵、月が真上に昇る頃
マサラタウン南の海辺にて待つ。
綺麗な字だった。
オーキド博士の字くらいしか見た事がない小夜には、その字からは送り手の検討がつかなかった。
だがもしかすると、もしかするかもしれない。
小夜は今日何度目か、空を見上げた。
『……時が来た?』
2013.1.2
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