もう一人の博士-3

バショウと別れてから半日もの間、スイクンは小夜とエーフィ、そして気絶しているタツベイを背に乗せて森を駆け巡った。
そして誰も外出していない早朝の時間帯にマサラタウンまで辿り着いた。
スイクンは木々が自分の身体を隠してくれる場所で立ち止まった。
伝説のポケモンであるスイクンは人目に入るのを好まない。
小夜は小柄な身体で、エーフィと共にスイクンの背から身軽に降りた。
小夜の腕には眠っているタツベイが抱かれている。

『スイクン、ありがとう。』

此処でお別れだ。
小夜は背伸びをしてスイクンの顔を撫でた。
するとスイクンが小さな小夜の身長に合わせて顔を下げると、小夜の頬に自分のそれを擦り寄せた。
小夜は身体一杯にスイクンの顔を抱き締めた。
スイクンには本当に助けられた。
スイクンがいなければ、今頃小夜もエーフィも如何なっていたか分からない。
マサラタウンでもスイクンの傍にいたいのは山々だが、やはりスイクンを人目に入れるのはよくない。
それに小夜はモンスターボールを持てる年齢ではなく、一緒にいたとしてもボールに入れられずに姿を晒してしまう。
小夜とスイクンは時が止まったかのように見つめ合った。
寂しいが、何時かまたきっと逢える。
もし今の小夜がモンスターボールを持てる年齢だったとしても、大地を駆け巡るスイクンを手持ちには出来ない。

『……また逢おうね。』

“必ず、また逢おう。”

スイクンは荘厳な声色でそう言うと、森の中へと颯爽に姿を消した。
スイクンが去った後も、小夜は森を見つめていた。
背後には渇望した街がある。
エーフィが何時までも森を眺めている小夜の顔を心配そうに覗き込んだ。

『行こっか。』

小夜はこの数日で色々な事が起こった森に背を向け、ゆっくりと歩き出した。
小夜の言い分を理解してくれるかもしれない博士の元へ。
だが、期待は出来ない。
信じて貰うには小夜が能力を晒すのが最も手っ取り早い。
小夜には考えがあった。
少し歩くと、菱形金網のフェンスが目の前に現れた。
そのフェンスは五m近くの高さがあるが、小夜の跳躍力なら問題はないだろう。
此処はきっとその博士の研究所の庭の境目だ。
玄関からではなく、此処から庭へ入る。

『エーフィ。』

エーフィはしゃがんだ小夜の背中に張り付くようにおぶさった。
怪力四歳児小夜はタツベイを片腕に抱きながら、もう片方の腕でエーフィを背負い、高く跳んだ。


―――バチバチッ!


『わあっ!』

突如見えない電気の壁に侵入を阻まれて弾かれてしまい、小夜は傍に生えていた木の太い枝に柔らかく着地した。

『びっくりした。

エーフィ、大丈夫?』

エーフィは驚いたが、しっかり小夜の背中に掴まっている。
如何やら不法侵入妨害の為の電圧が張られているようだ。
きっと空飛ぶポケモンに考慮して、人間にのみ反応するようにプログラムされている筈だ。
小夜は瞳を青く光らせて電圧を一時的に停止させると、もう一度高く跳んだ。
次は何の抵抗もなく侵入出来たが、問題なのはそれからだった。
縄張りを荒らされたと思ったポケモンに襲われる可能性が否めないのだ。
だが、小夜の目的はそれだった。
襲われる事によって能力を晒す機会を自ら作ろうと考えたのだ。
小夜はエーフィを下ろし、エーフィと共に一気に駆け出した。
小夜の予感はすぐに当たる。
大量の羽音が聴こえたと思った瞬間、スピアーの群れが小夜たちを追ってきたのだ。

『ひー!!

思ったより多い!!』

一体何匹いるのか数えきれない程の群れは、走っても走っても振り切れない。
予想以上に広大な庭を、研究所を目標に真っ直ぐ駆け抜ける。

“先に行って!”

エーフィは小夜にそう言うと、スピアーの前に立ちはだかった。
エーフィなら大丈夫だと信じた小夜は止まらずに全力で走った。
大量のスピアーと向き合ったエーフィは、屈せずに強く睨んだ。

“邪魔するなら容赦しない!”

そう主張したが、スピアーは聴く耳を持たず、エーフィに向かってミサイル針を一斉に飛ばした。
エーフィは結界を張ってそれを全て防御し、サイコキネシスでスピアーを攻撃すると、スピアーは踵を返して逃げていった。
エーフィはイーブイからエスパータイプに進化したばかりで、自分の能力にまだ慣れない。
驚く程の威力を発揮したサイコキネシスに、もしかして私は凄いのかもしれないと自負すると、すぐに小夜の後を追った。


―――ドゴーン!!


小夜が駆けていった方向から煙が上がり、それを見たエーフィは急いだ。
ポケモンに襲われてシャドーボールを使用したのかもしれない。
だが小夜の狙いはこの騒音によってオーキド博士を研究所から誘い出す事だ。

「朝から何事じゃ!」

希望通り、一人の男性が寝巻のまま研究所から飛び出した。
ガラス窓を勢いよく開いてベランダに出ると、芝生の上を通って庭へ出た。
すると前方から幼子がポケモンを抱いて走ってくるではないか。
小夜はこの人が博士だと直感で悟ったが、名前がすぐに出て来ない。

『ドキドキ博士!』

完全に名前を間違えた小夜はオーキド博士の目の前で立ち止まり、タツベイを腕に抱いたまま前屈みになって息切れした。
不法侵入だと主張しようとしたオーキド博士だが、小夜の背後から大量のオニスズメが飛来するのを見て身体が硬直した。

「な、な、な…!」

オニスズメの群れは此方へ猛スピードで向かってくる。
オーキド博士は小夜の腕を引いて研究所の中へ避難しようとしたが、小夜はその腕を振り払って拒んだ。

「何をしておる!

危険じゃ、中へ入――」

オーキド博士は最後まで台詞を続けられなかった。
オニスズメの身体が青く光り、完全に静止させられている。
そしてオーキド博士に背を向けて立っている小夜が、同様に青く光る掌をオニスズメに向けているからだった。
小夜が手を下ろすと、オニスズメの身体は自由になり、本能で恐れを感じ取ったオニスズメの群れは飛び去っていった。
遠隔ですぐに記憶削除をする必要がある。

「君は、一体…。」

オーキド博士は腰を抜かし、その場に座り込んだ。
くるりと振り向いた小夜の第一声はこうだった。

『私を助手にして下さい!』

オーキド博士は余計に呆気に取られた。




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