能力の暴走

小夜とシルバーは洞窟の窮屈な一角にて、岩に腰を下ろして休憩に入っていた。
中央に置かれたランプの灯は、風もないのに静かに揺らめいている。
泉に放り投げられたせいで全身びしょ濡れのシルバーは、ヒノアラシの背中から放出される炎で身体を温めていた。
手持ちポケモンたちは朝ごはんを摂り終わったばかりで、皆モンスターボールから外へ出ている。
ボーマンダの事を気に入った二ドラン♂はその頭に乗ろうと躍起になっていたし、ワニノコは小夜の膝の上で眠っていた。
先程捕まえたばかりのズバットはヒノアラシの頭の上に止まって体力の回復を大人しく待っている。
エーフィは小夜と何か話していたが、シルバーにはエーフィの言葉が理解出来ず、小夜も頷くだけで口を開かなかった為、シルバーが聴いていても意味を成さなかった。

小夜は泉を越えてから全く笑わなくなり、歩く時もシルバーの隣を歩かずに一歩前を歩いていた。
相当怒ってしまった小夜に今は触れないでおこうと、シルバーは何も話し掛けずに距離を置いて座っていた。
エーフィは小夜に言った。

“シルバーに抱き着いたなんてバショウに言ったら、嫉妬で家から返してくれないよ。”

小夜は表情を変えずに、膝で眠るワニノコを撫でていた。
エーフィは何も言わない小夜に続けて主張した。

“昨日の今日でシルバーが変わる訳ないよ。

それは小夜も分かってたでしょ?”

小夜は無言のまま頷き、俯いた。
ヒノアラシは背中から炎を出したままで、その様子を心配そうに見守っていた。


―――私は何処にいる?


『っ?!』

突然小夜だけの心に響いた厳粛な声。
ミュウツーの声だ。
そして脳裏にとある映像が浮かび上がった。
小夜が勢いよく顔を上げた為、主人が何かの気配を感じたのだと解釈したエーフィとボーマンダは付近を真っ先に警戒した。

『う…っ。』

頭を抱える小夜の様子に、エーフィは何かが違うと悟った。

「おい、如何した?」

シルバーが立ち上がって小夜の様子を覗うが、小夜は何かを気にしている余裕がなかった。
強烈な頭痛と共に脳裏に浮かび上がる光景。
其処は荒れ地だった。
大量のケンタロスが此方に向かって突進してくるが、何者かの念力によって阻止させられてしまう。
そして視界の片隅にいるのは複数いるロケット団の下っ端。
ケンタロスに向かって“R”の文字が描かれたモンスターボールを投じて捕獲していく。

やめて、捕まえないで。

小夜は突然立ち上がり、膝のワニノコは地面に落下してぱっと目を覚ました。
シルバーが見た小夜の瞳に輝きはなく、濁った色を纏っていた。
小夜は立ち上がるだけでなく波導弾を打つ構えをすると、向かい合わせている掌に波導の塊が姿を現す。

“皆下がれ!!”

エーフィがそう叫んだ。
尋常ではない事態だと直感したシルバーは歯向かう事なく数歩下がった。

もうポケモンを犠牲にするのはやめて。
小夜はそう強く願っていた。
あの研究所で犠牲になったヒトカゲ、ゼニガメ、フシギダネは涙と共に消えていった。
もう誰もあんな可哀想な目に合わせたくない。

小夜が意のままに波導弾を放つと、ボーマンダの火炎放射がそれを迎撃して近距離で爆発を起こした。
その影響で天井の岩が幾つも落下するが、エーフィが巨大な円形の結界を張り、小夜を含めた全員の身体を防御した。
だが結界の中で爆発による煙が充満してしまい、シルバーやポケモンたちは全員咳き込んだ。
岩の落下が落ち着くとエーフィはすぐに結界を解き、煙を分散させた。

煙がなくなった事により全員の姿が明確に見えるようになったのは良かったが、小夜の瞳には未だに光が戻っていない。
エーフィとボーマンダがシルバーとヒノアラシたちを守るように前に出て小夜と対峙した。
小夜が続けて波導弾を放ち、それをボーマンダが火炎放射によって再度迎撃した。
エーフィはサイケ光線を放つが、小夜の結界によって簡単に防御されてしまう。
エーフィとボーマンダは嫌な汗をか掻いた。
自分たちが小夜と戦闘して打ち勝った事は、この六年間で一度足りともないのだ。

『うっ…。』

シルバーはただ目を見開き立ち尽くしていたが、小夜が突然頭を抱えて怯んだ。
自分も何かしなければと思い立つとすぐに言い放った。

「ズバット、超音波だ!」

ズバットがエーフィの背後から飛び出し、口から超音波を発した。
超音波を防御する事なく直接受けた小夜は脳内が混乱し、瞳に光を戻してから意識を失った。
シルバーは咄嗟に駆け出し、ふらりと前に倒れようとする小夜の身体を支えた。
緊張が一気に解かれたエーフィとボーマンダは脱力してその場に伏せた。
身体を預けてくる小夜は思った以上に軽く、シルバーが抱き上げるのは容易かった。

「エーフィ、寝袋を出してくれ。」

何故俺がこんな奴の事を助けなければならないのか、と心の中で悪態をつきながら、シルバーはエーフィに頼んだ。
伏せていたエーフィはシルバーが小夜を腕に抱いているのを見て驚いたが、すぐに起き上がって念力を使用した。
するとリュックから折り畳まれた寝袋が現れ、その場に広がった。
シルバーはその上に小夜をそっと寝かせた。
暴走していた小夜の呼吸は安定している。
ポケモンたちは全員で小夜を囲み、その様子を覗った。

「今までにこういう事はあったのか?」

ボーマンダはシルバーの問いにゆっくり頷いた。
小夜が意識をなくしてまで能力を暴走させた事は以前に一度だけあった。
深夜に小夜が目を覚ましたかと思うと、突然号泣しながら窓から飛び出し、エーフィとボーマンダは小夜が研究所の外へ出ないように必死で阻止したという過去がある。
その時は暴走中に小夜の意識が元に戻った為に事は収まったが、もし意識が戻らなかったらと思うと二匹に悪寒が走る。
奇妙な事に、暴走時の記憶が小夜には全くない。
結局何故暴走したのか原因も分からぬまま、事は終結したのだった。
今回の暴走との共通点は、瞳の光がなかった事だ。

「とりあえず起きるまで待つか。」

シルバーは小夜の隣に腰を下ろした。
野生のポケモンの姿が見えない場所を休憩箇所として選択したのは正解だった。
ヒノアラシはエーフィを鼻で突くと突然、修行しようと言い張った。
次に小夜の能力が暴走した際は、エーフィとボーマンダと共に小夜に立ち向かいたい。
今回は後方で見ているしか出来なかったが、次こそは力になりたい。
ヒノアラシの意志を汲んだエーフィは頷いた。

シルバーは二匹が何と会話しているのか理解出来なかったが、ヒノアラシの様子を見ると大体の予想はつく。
エーフィとボーマンダは強いが、ヒノアラシには力がない。
それに劣等感を持っているのは目に見えて分かる事だった。
エーフィとヒノアラシはボーマンダに何かを告げると、暗闇の中へ走っていった。

シルバーが腕時計を見ると朝六時を示していた。
小夜の寝顔を横目で暫く見つめてから、シルバーも座ったままで目を閉じた。




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