繋がりの洞窟-3
「殺気を飛ばしたな。」
シルバーは小夜を強く睨んだ。
昨日経験したばかりのあの殺気を思い出したのだ。
『それが助けてくれた人に対する態度?』
冷たい殺気を放ったばかりだとは思えない程に、小夜はふわりと微笑んだ。
毎度この笑みに怯んでしまうシルバーは、慌てて顔を逸らした。
「柔な殺気だったな。
最初俺と逢った時の殺気とは比較にならない。」
あの時小夜がシルバーに向けた殺気は、か弱い人間なら丸一日動けなくなり、思考の回転が不可能になるようなレベルのものだった。
先程ズバットに向けたばかりの殺気は、ほんの軽い一睨みだ。
『さ、行こう。』
小夜はそっぽを向いてしまったシルバーの腕を引いた。
「な…っ、おい。」
この女は極度の天然、もしくは鈍感だ。
これじゃあまるで腕を組んで歩いている恋人同士じゃねぇか!
シルバーは心の底でそう毒突きながらその腕を振り払おうと思ったが、小夜の顔を見ていると行動に移せなかった。
そのまま暫く歩くと、狭かった道が突然開けた。
大きな泉が道を塞ぐかのように目の前に現れた。
泉の先には道があり、この泉を渡らなければ其処へは進めないようだ。
『泉の向こうに道がある。
ボーマンダに乗って渡りましょう。』
小夜が視線を感じて天井を見つめると、ズバットの群れが逆さまになって此方を覗っていた。
ランプの灯で薄暗くしか見えないその群れは、泉にその大量の姿が映っている。
実に不気味だった。
振り撒かれたばかりの小夜の殺気に恐れをなし、此方を攻撃してくる気配はない。
『あ、シルバーの顔にぶつかったズバットがいる。』
「どいつだ?」
『シルバーには見えないかも。
まだ怒ってるみたい。』
シルバーには天井が暗闇にしか見えないが、小夜はこの暗闇の中でズバットの区別や表情の読み取りまで可能なようだ。
「あいつ、勝負をつけてやる。」
『あの子を気に入ったの?』
「降りてこい、勝負しろ!」
売られた勝負に背中を見せられず、ズバットは天井から降りてシルバーに向かって飛来してきた。
シルバーはすかさずモンスターボールを放った。
「ゆけ、ワニノコ!
噛み付く攻撃だ!」
ボールから現れたワニノコは跳び上がってズバットに噛み付いたが、ズバットも同様に噛み付いてきた。
二匹は相打ちとなった。
二匹は噛み付き合ったまま泉に突っ込み、水飛沫が飛び散った。
『地の利があるね。』
だからシルバーは勝負を仕掛けたのだ。
小夜は納得した。
ズバットの羽根に噛み付いたままのワニノコが泉から跳び出し、シルバーの前に突っ伏した。
ズバットは何とか逃げようと暴れるが、ワニノコの顎の力が強くて逃れられない。
ズバットは口から再度超音波を発した。
小夜は人間には聴こえない音波が脳内に響くのを感じ、眉間に皺を寄せた。
「ズバットを泉へ投げろ!」
ワニノコは耳を塞ぎながらもズバットを泉へと放り投げた。
泉に勢いよく突っ込んだズバットは超音波を発せなくなり、小夜はほっと一息ついた。
レベルが低いズバットの超音波とはいえ、小夜の感知能力が極めて優秀な事が仇となっている。
本来は超音波など結界で簡単に防げる。
だが能力を使用を控えている小夜は、結界を発動するのを踏み止まっていた。
シルバーは小夜の様子を一瞥した。
小夜は大丈夫だと頷いたが、即座に一つの気配を察知した。
一匹のズバットが加勢しようと、シルバーに向かって一直線に飛来していたのだ。
『シルバー!』
「!」
シルバーが気配に気付いて後方を振り向くと、ズバットが突っ込んでくるのが目に入った。
やられるかと思ったが、そのズバットは水鉄砲によって吹き飛ばされてしまった。
「ワニノコ…!」
小夜は全て分かっていたかのように微笑んだ。
小夜自身が手を貸すまでもなく、ワニノコが主人を守ると思っていた。
シルバーは自分を守ったワニノコを見つめた。
ダメージを受けているにも関わらず、ワニノコは真っ直ぐにシルバーを見つめている。
ヨシノシティへ続く道であんな酷い態度を取ったばかりだというのに。
何故、このポケモンは自分を助けるのだろう。
シルバーはワニノコの強い視線に、自分の中の何かが揺さ振られるのを感じた。
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