幼馴染み-2
広大な庭へと歩を進め、水タイプのポケモンが住処にしている池までやってきた二人は遠くの草影から池を眺める。
池とはいえ、まるで湖のように広いそれは太陽光を煌びやかに反射している。
マサラタウン出身のトレーナーがオーキド博士に預けているゼニガメが、池の岩に腰掛けて日向ぼっこをしていた。
『あれがゼニガメ。』
「あれが明日貰えるかもしれないポケモンかぁ!」
庭を住処にしているポケモンをサトシに紹介するのは小夜には慣れっこだった。
ポケモンの生活を邪魔をしないように遠くから説明する。
『水タイプのポケモンは電気タイプと草タイプに弱いの。』
「うんうん!」
目を輝かせて頷くサトシはちゃんと説明を理解しているのだろうかと小夜は何時も思っていた。
ただサトシは本当にポケモンが好きなんだと強く伝わってくる。
『ゼニガメ…か。』
ゼニガメといえば、ヒトカゲとフシギダネと並ぶカントー地方の御三家である。
そしてあの研究所で哀しい別れをしたポケモンだ。
人間の身勝手の為に尊い命を落とし、涙と共に消えていったあの三匹を小夜は一生忘れられないだろう。
『私、一時期人間が嫌いだった。』
「え?」
突然ポケモンとは関係のない話をされ、サトシはきょとんと目を丸くした。
あの研究所で幽閉されていた小夜は、人間は皆ポケモンを道具のように扱っているのだという先入観が染み付いていた。
『でも、サトシみたいにポケモンが大好きな人間もいるって知ったの。
私の視野が狭かっただけ。』
二人は草影で視線を合わせる。
小夜は微笑み、サトシは不思議そうな表情をする。
『それを気付かせてくれたのって、とても凄い事よ。』
「え、え?
小夜、何言ってるんだ?」
『ふふ、何でもない。』
小夜はサトシに背を向けて歩き出し、一瞬ぼーっとしていたサトシは慌ててそれを追った。
小夜がふと空を見上げれば、透き通った青い世界が広がっている。
全てのポケモンが幸せに暮らせるには如何すればいいのだろうか。
小夜からポケモンを何匹か紹介して貰ったサトシは、小夜と共に研究所までの帰り道を進んだ。
『ヒトカゲとフシギダネは少し見つけるのが大変だから、今度にしようか。』
「今度って小夜!
明日から俺、旅に出るんだぜ。」
『あ、そっか。』
「なぁ小夜、本当に明日旅に出ないの?」
『ひょっとしたら旅立つかも。』
小夜はあの手紙を受け取った事で考えを改めていた。
仮にあの手紙の送り主が彼ではないとすれば、小夜の存在が知られている事になり、オーキド研究所にはいられない。
「ほんと?!
俺と一緒に行こうぜ!
小夜と一緒ならポケモンと話せるし、すぐに次の街まで行けるぜ!」
『だーめ。
次の街まで自力で行かないと!』
「そ、そっか…。」
サトシはがっかりして項垂れた。
シゲルのように小夜に対して恋心は持っていないサトシだが、大切な幼馴染みとして小夜の事が大好きだった。
エーフィとボーマンダの二匹と普段から一緒にいる小夜なら、ポケモンバトルをすれば絶対に強い筈だと勝手に思い込んでいた。
「俺、何時か小夜とポケモンバトルがしたいな。」
『バトル?』
「小夜に認められたいんだ。」
『なら早く帰ってオーキド博士のポケモン講座のラジオでも聴いて勉強しなさい。』
「同い年なのにそんな言い方しなくても…。」
確かに小夜はシゲルやサトシよりも身長は高いし、その大人っぽさからサトシにとっては年上のお姉さんのようだった。
オーキド博士の助手でポケモンに詳しい小夜に、サトシはずっと憧れていた。
「ねぇねぇ、小夜はスイクンに逢った事があるんだよね?」
『うん、そうだけど。
いきなり如何したの?』
サトシは濁りのないその目をきらきらさせた。
小夜はスイクンに命の危機を救って貰った、とサトシに大雑把に説明してある。
まだ若いサトシやシゲルに、誰に狙われていてどのような戦闘をしたのかを細々と説明する勇気はなかった。
全てを話しているのはオーキド博士だけだ。
「逢ってみたいな、伝説のポケモン。」
『きっと逢えるよ。』
「次にまた逢ったらゲットするの?」
『!』
ゲット。
つまりスイクンを手持ちにする事だ。
小夜は少し寂しそうに微笑んだ。
『無理よ、スイクンは北風の化身。
私はモンスターボールでスイクンを縛る事は出来ない。』
「でもスイクンは小夜のポケモンになりたいって思ってるかもしれないぜ。」
この少年は時々困らせる事を言う。
それでもサトシの目は純粋だ。
「仲良くなったのに、離れてるなんて寂しくない?」
寂しい。
寂しくない筈がない。
だが小夜はサトシに微笑んでみせた。
『スイクンが元気なら、私はそれでいいの。』
「ふーん、変なの。」
二人は研究所の小夜の部屋の下まで戻ってきた。
昼間に頭上で輝いていた太陽は夕陽へと姿を変えていた。
正門まで小夜が見送りに来れないと知っているサトシは、小夜としっかり向き合った。
「また明日!
ポケモンを貰う時は見ててくれるよな?」
サトシはシゲルと同じ事を言った。
『うん。
オーキド博士と待ってるから。』
「楽しみだぜ。
今日はありがとう!
じゃあな!」
小夜はサトシが正門まで走っていったのを見送った。
此処でサトシにポケモンを紹介するのが今日で最後だと思うと、寂しさが心を掠めた。
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