純潔の行方-2
「……あ、れ…?」
「起きたのか?」
雅が目を覚ますと、丸い月が見えた。
俯きながらデイダラに凭れかかっていたようだ。
肩を引き寄せてくれる手が温かい。
「私…寝ていましたか?」
「少しだけな」
雅は徐々に思い出してきた。
二人で生い立ちを話し合った後、寄り添い合って月を見上げていた。
穏やかな沈黙が雅の眠気を誘い、デイダラに凭れて眠ってしまったのだ。
「布団に行くか?」
雅が頷くと、デイダラに軽々と横抱きにされた。
その首元に縋るように抱き着き、ぽつりと言った。
「デイダラ、あのね」
「うん?」
雅は敷き布団へと丁寧に下ろされると、デイダラに抱き着いたまま、間近で向き合った。
デイダラは雅の腰を引き寄せながら、その話に真剣に耳を傾けた。
「自害した一族の皆にも、それぞれに好きな人や大切な人がいたんだと思います」
そんな人たちから強引に引き離され、身体を売買された一族の人々。
その心境を、今までは想像の範囲でしか考えられなかった。
しかし、デイダラを好きになってから分かった。
もし仮に、自分が今皆と同じ立場だとしたら。
「私も皆と同じ立場だったら、自害したかもしれません」
「オレがそんな事させねえよ」
雅を抱き締める腕に力を込めたデイダラは、雅にほんの短い口付けをした。
雅なら捕まるような真似はしないだろうとは分かっていても、もし仮にそのような状況になればと想像するだけで寒気がする。
「純潔は無理矢理奪われるものではなくて、好きな人に受け取って貰うものなんですね」
雅が穏やかにそう言うと、デイダラは目を見開いた。
一族特有の冷たい頬がデイダラの手に撫でられ、雅の胸が大きく高鳴った。
「……雅、それって誘ってるのか?」
雅はデイダラと視線を合わせていられずに、デイダラの肩口に額を当てた。
「さっき角都さんに言われたのですが…」
デイダラは返事の代わりに雅の頭を撫でた。
角都の旦那が言っていたとなると、嫌な予感がする。
「デイダラには気を付けろ…と」
「…は?」
「デイダラはまだ若いし、そういう年頃だ…と」
デイダラは頭を抱えたくなった。
雅が信頼を寄せる角都を爆破してやろうとは安易に思いたくない。
しかし、今回ばかりはあの触手を爆破してやりたいと思った。
「大事にされていますと言い返しました」
「そうか…」
デイダラは雅を大事にしているつもりだった。
だからこそ、雅がそう言い返してくれたのが嬉しかった。
「オレはお前を大事にしたい」
「されていますよ」
「けど、オレは――」
雅がデイダラの台詞の続きを待っていると、両肩をグッと押された。
勢いのまま敷き布団の上に押し倒され、目を見開いた。
「お前に触りたい」
デイダラの視線は射抜くように真っ直ぐで、雅が視線を逸らすのを許さない。
「めちゃくちゃにしたいと思う時がある」
本心を語るデイダラは、雅の頬から首元までを指先でそっとなぞった。
雅が頬を赤らめるのを見ると、酷く欲情する。
「正直、暫く一緒に行動するってなると、我慢出来る気がしねえんだ」
スリーマンセルとはいえ、サソリは睡眠も飲食も必要ない。
その二つは実質雅とのツーマンセルになるだろうし、夜はこうやって一緒に寝る事になるだろう。
「飛段のヤローはオレが女たらしだって言ったが、嘘じゃねえよ。
月見しながら話した通り、二年前までのオレは酷かった。
この二年間は溜まりに溜まって欲求不満だ、うん」
二年間、後遺症と殺意に振り回された。
両方共、原因は雅だ。
自分の心境を知って欲しいデイダラは、口が回って止まらなかった。
「しかしまあ今は見てみろよ、この状況を。
目の前にはとんでもなく綺麗な女がいる。
しかも惚れた女だぞ、うん」
デイダラの指先が雅の浴衣の襟に擽るように触れた。
今すぐにでもこの襟を開いて、透明感のある肌を貪りたい。
「抱きたくなるに決まってんだろ」
「デイダラ…」
「オレは雅が好きなんだ。
どうしようもないくらい」
欲求不満など関係なくても、好きな女を抱きたいと思うのは当然だ。
雅は嬉しさと恥ずかしさで訳が分からなくなり、顔を両手で覆った。
それを見たデイダラは泣かせてしまったのだと勘違いした。
「わ、悪かった!
オレが悪かったから泣くな!うん!」
「泣いていません…」
デイダラが上から退こうとするのを引き留める為、雅はその襟元を引っ張った。
バランスを崩したデイダラは、雅の顔の両側に手をついた。
間近で見た雅の顔は泣いていないようにも見える。
デイダラが困惑しながら眉を潜めると、雅は精一杯言った。
「誘っているつもりはないんです、でも…」
「…うん?」
「でも…私の純潔はデイダラのものですから」
デイダラの頭の中にある強靭な精神力という名の糸がブツッと切れた。
デイダラは身体を勢いよく起こし、膝立ちになった。
「それを誘ってるって言うんだ!!うん!!」
デイダラは雅の身体を両足の間に跨いだまま、自分の浴衣の襟をバッと開いた。
袖から腕を抜き、鍛えられた上半身を露わにした。
その左胸に不可思議な紋様と縫い目があったが、顔が沸騰するかと思う程に赤くなった雅には突っ込む余裕がない。
「ちょ、ちょっと待ってください!
声が大きいですよ…!
それに今夜は駄目です!」
「待てるか!!
何言われたってもうやめねーぞ!」
「だって今日は下に――」
雅が言い切る前に、敷き布団の近くに敷かれていた畳が豪快な音を立て突き破られた。
其処から現れた長い腕にデイダラの首が掴まれ、デイダラは部屋の隅に乱雑に放り投げられた。
デイダラは忘れていたのだ。
今日は真下の部屋に、角都がいる事を。
2018.6.16
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