別れ際

「デイダラ、起きてください」

惚れた女の声で目覚めるだなんて、オイラは朝から充実している。
布団で眠れる事自体が珍しいというのに、幸せだ。
うつ伏せで寝ていると、肩を優しく揺すられた。
雅の手が冷んやりして気持ちいい。
デイダラは雅の低い体温が好きだったりする。

「起きて?」
「うーん…」

雅の優しい声で、余計に眠くなる。
デイダラは仰向けになって雅の芸術的な顔を拝もうと思った。
しかし、それは失敗に終わる。

「ソォラァ!!」
「うわ?!」

敷き布団と掛け布団を一気に引っ張られ、デイダラは畳の床に投げ出された。
柔らかな布団を取り上げたのは、紛れもなくサソリだった。
本体のサソリは起きようとしないデイダラに腹を立て、チャクラ糸で布団を引っ張ったのだ。
畳に顔面をぶつけたデイダラは、のそのそと起き上がった。

「サソリの旦那…」
「さっさと起きろ。
俺を待たせるんじゃねえ」

部屋から出て行ったサソリを見送りながら、デイダラは未だにぼんやりしていた。
深夜は雅の芸術的な寝顔をずっと拝んでいたから、寝不足だ。
既に着替え終わっている雅が、デイダラの横にしゃがんだ。

「鼻が赤いですよ」
「うん…痛え…」

鼻が痛いし、空腹だ。
しかしそれ以上に、雅が恋人になったという事実が、デイダラの胸を一杯にさせた。
雅は穏やかに微笑んだ。

「おはようございます」
「おはよう、うん」

医療忍術を使える雅はデイダラの赤い鼻を見て、治療が必要ないのを確認した。
朝から至近距離で顔を寄せられたデイダラは、呆気なく赤面した。

「雅、近いぞ…」
「あ…ごめんなさい…」

慌てて立ち上がった雅は、サソリが無造作に放り投げた布団を畳み始めた。
その間にデイダラは洗面所へ向かうと、歯磨きや洗顔をして、トレードマークの髷を作った。
洗面所に畳まれて置かれていた忍服は、老婆が洗濯して持ってきてくれたのだろう。
あっという間に着替えたデイダラは、雅の元へ戻った。
雅はテーブルで緑茶を淹れていた。

「婆様に朝食を頼みますね」

雅が立ち上がった時、デイダラは衝動的にその身体を背後から抱き締めた。
華奢な肩と腰に回した腕で、大切な女を怖がらせないように優しく包んだ。

「っ、デイダラ?」
「自害なんかしないって改めて約束してくれ」

雅は目を見開くと、言葉に詰まった。
デイダラは懸命に訴えた。

「もうずっと前から死ぬって決めてたんだろ。
お前の話を聞いてたら、生半可な覚悟じゃなかったのが分かる」

デイダラは雅を優しくて包み込んでいた腕に、力を込めた。
どうか、雅に伝わって欲しい。

「オレが雅の心を守る。
角都の旦那も飛段も、この宿の婆さんだってお前を支える。
だから、死なないって約束してくれ」

雅は何も答えなかった。
今まで揺れ動いていた自害するという意思を、デイダラが完全に打ち砕いた瞬間だった。

「ありがとう…デイダラ」
「うん」
「私を支えてくれますか?」
「当たり前だろ」

雅はデイダラの腕に自分の手を添えた。
生きてみよう。
自責の念に駆られるのは免れなくても、それを包み込んでくれる人たちがいるのだから。

「生きると約束します」
「オレとの約束だからな?」

デイダラは雅の頭に頬を擦り寄せながら、肩の力を抜いた。

「…ほっとしたぞ、うん」
「ごめんなさい」
「謝らなくていい」

雅が約束してくれたのだから、それで充分だ。
もし今後、雅が暗殺による自責の念に駆られて落ち込むような事があれば、恋人である自分が雅を支えてみせる。
デイダラはそう決意した。

「なあ、雅。
次はいつ逢える?」

耳元でデイダラの声を聞くと、雅の肩が小さく跳ねた。
昨夜のデイダラとの時間を思い出すと、胸が高鳴って煩くなる。

「角都の旦那の金儲けを手伝ったら、お前に逢えるか?」
「可能性はありますね」

二年振りに二人が再会したのも、お互いに狩った賞金首を角都に届けた時だった。

「ですが次のターゲットは賞金首ではないですし、情報収集に回るつもりなので…」
「…そうか」

雅は暁に加担しているとはいえ、暁から任務がある訳ではない。
基本的には暁のメンバーに泊まり先の宿を紹介したり、金儲けの為の賞金首を角都に渡す役割を担っている。
暁に縛られる事なく、自由に動き回っている。

「私の隠れ家は他にも幾つかあるので、機会があればまたご案内します」
「そうしてくれ、うん」

また昨夜のように二人で過ごしたい。
雅は寂しい気持ちを抑えられずに、抱き締められたままデイダラの顔を見上げた。
目を一度だけ瞬かせたデイダラは、雅と視線を合わせた。
雅の目が微かに潤んでいるのを見て、デイダラが唇を寄せようとした時。
タイミングを見計らったかのように、ドアが開いた。

「朝食をお持ちしましたぞ」

二人は老婆の登場に飛び上がりそうになり、慌てて離れた。
まだ朝食を運ぶように頼んでいないのに。
老婆はそんな二人の様子を気に留める素振りもなく、テーブルに盆から朝食を載せていった。
白米と味噌汁を始め、色とりどりの野菜や漬け物などの栄養バランスを考えられたメニューが並んだ。

「婆様、ありがとうございます」
「今日も美味そうだな、うん」
「ごゆっくり。
赤髪の若造は手前の部屋で何やらしておられますよ」

赤髪の若造とは、サソリで間違いない。
ちなみに、彼には食事が必要ないのだ。
老婆は二人に頭を下げ、曲がった腰に手を遣りながら部屋を出た。
あんな様子でよく食事を溢さず運べるものだ。
他の宿泊客に無事に届けられるのか、とデイダラが疑問に思った時、雅に訊ねた。

「そういえば、この宿に他の宿泊客がいるのを見た事ねえな」
「民宿の内装にはなっていますが、人は来ません。
此処はとても小さな国ですし、観光する場所もありませんから」

宿と描かれた暖簾すらないのだ。
それに、受付の人間があのだらしない酔っ払い男だ。
この宿は宿主二人だけで経営している民宿で、あの二人の家でもある。
雅がこの宿を頼りにする理由の一つが、宿泊客がいない事だ。
ビンゴブックに載るS級犯罪者の雅は、比較的に安心して此処に潜伏している。

「雅専用の宿みてえなもんだな、うん」
「そうですよ。デイダラも安心してくださいね」
「露天風呂もあるし、飯も美味えし、また来てもいいな」

雅とデイダラは仲良く合掌し、朝食を食べ始めた。
今、この瞬間も二人は恋人同士だ。
向かい合いながら食べると、擽ったい気持ちになった。

デイダラは雅の楽しそうな表情に安堵した。
雅が心に深く刻んでいた自害するという意思を、打ち破れて良かった。
これからは雅の心を守ってみせる。
自害したいなどと、もう二度と思わせたりしない。




page 1/2

[ backtop ]



×
「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -