大切な提案-2

近寄るな、離してくれ──
突き放すような言葉が哀しかった。

雅は湯船に浸かりながら、地下から垣間見える夜空をひたすら仰いでいた。
深夜にも関わらず、風呂場を貸してくれる宿主に感謝しなければ。

───デイダラがいないと…寂しい。

雅は湯船に顔を突っ込んだ。
デイダラを思い出すと、胸が苦しくなる。
抱き締めてくれた腕が力強くて、この人なら自分を受け入れてくれると思った。
しかし、雅が自分の考え方を話すと、デイダラは自己嫌悪してしまった。
過去に娼婦に手を出していた自分を軽蔑されたと思ったのだろう。
デイダラにそう思わせてしまうのなら、これ以上の馴れ合いはやめた方がいい。

「…逆上せたかも…」

氷遁の一族の血を引くこの身体は、体質的に逆上せ易い。
雅は湯気の中で深い溜息をついた。
やはり、自分は孤独を感じているのが似合う。
一族の恨みを晴らす為に全てのターゲットを始末した後は、新しい人生を改めて歩めるだろうか。
人を殺めてきた分を、自害をもって償う必要がある。
もうずっと前から決めていた事だ。
それを聞けば、角都と飛段の二人はきっと哀しむだろう。
自害するという意思を、二人には何度も揺さぶられてきた。
こんな自分でも生きていても構わないと思わせてくれたからだ。
デイダラから殺したいという申し出を受けた時、それなら殺せばいいと伝えた。
自害するという意思が胸の奥で揺らいでいる罪深い自分を、殺して貰えばいいと思った。
それなのに、デイダラは殺す気がなくなったと言うではないか。

雅は逆上せたせいで身体が火照るのを感じながら、新しい浴衣に着替えた。
髪をドライヤーで乾かしながら、部屋に戻るのを億劫に思う。
しかし、デイダラと話さなければ。
少しは頭の整理がついた。
洗濯かごに洗濯して欲しい服を入れ、身だしなみを確認してから、女湯の暖簾を手で退けた。

「雅」
「デイダラ…」

廊下で壁に凭れながら雅を待っていたデイダラは、惚れた女の芸術的な浴衣姿に見惚れそうになった。
しかし、その顔を見た途端に眉を潜めた。

「顔が真っ赤だぞ、大丈夫か?」

一族特有の低体温のせいで逆上せ易い。
雅はそう説明しようと思ったが、いざとなると言葉が出なかった。
デイダラから視線を逸らし、俯いてしまった。
此処で待っていてくれたであろうデイダラに、感謝の一つも言えなかった。

「部屋に行くぞ、うん」

デイダラは雅の手を取り、歩き始めた。
その背中を見ながら大人しく階段を上がった雅は、デイダラの心理を読めずにいた。
この人は今、何を考えているのだろうか。
握ってくれる手が温かい。
デイダラがルームキーで開けたドアから部屋に入ると、二人分の敷き布団が並べて敷かれていた。
間違いなく、あの老婆だ。
二人を仲直りさせるべく、意図的に敷いたのだろう。
それを見たデイダラはやはり赤面した。

「デイダラ」
「う、うん?!」

敷き布団を前に立ち尽くしていたデイダラは、背後から聞こえた雅の声に大袈裟に反応してしまった。

「ありがとうございます」
「うん?」
「追いかけてきてくれましたし…さっきも廊下で待っていてくれたんですよね?」
「まあな」

雅が微笑んだのを見て、デイダラは少しだけ緊張が解れた。
そして、ふと考えた事を口にした。

「あのさ、雅」
「何でしょう?」
「ターゲットを始末するお前を見たら、二年前を思い出した」
「あの日ですか?」

デイダラが雅を殺すと決意したあの日だ。
あの日から全てが始まった。

「あの日のお前もオイラに冷たかった」
「ターゲットの捕捉を邪魔されましたし、理由も話さずに襲ってきたからですよ」
「…うん、悪かった」

お陰様で半殺しにされたのだ。
身体を部分的に凍死させられなかっただけマシだが。

「雅」
「…はい」
「嫌なら抵抗していいからな」

雅がその台詞の真意を理解出来ずにいると、デイダラにゆっくりと抱き締められた。
嬉しいと同時に、腹が立った。

「…私には離せと言った癖に」
「真正面からこうしたかったんだ」
「信じません」
「嘘じゃねえよ」

デイダラは嘘をついていなかった。
抱き着かれて理性が飛びそうだったのも、離して欲しかった理由の一つだ。
それを口には出来なかった。

「近寄るなとも言いましたよね?」
「それはだな…お前に合わせる顔がなかったからだ、うん」

まさか雅に背後から抱き着かれるとは思ってもいなかったのだ。
近寄るな、離してくれと言った自分が、こんな風に雅を抱き締めている。
雅が怒らない筈はない。
デイダラは雅を怖がらせないように、優しく頭を撫でた。

「雅にしては身体が熱いな」
「逆上せてしまって…」

雅は目を閉じてデイダラを抱き締め返そうかと迷った。
しかし、また突き放されるのが怖い自分がいる。

「話がある。
聞いてくれるか?」
「何でしょうか」

デイダラは雅の両肩に手を置き、その身体を離した。
透明感のある瞳が不安に揺れるのを見つめながら、話を切り出した。

「煮るなり焼くなり爆破するなり、どうにでもしろと言ったな」
「言いました」

ターゲットを全員始末し終えたら、デイダラの好きなように殺せばいいと言った。
しかし、デイダラは殺す気が失せたのではなかっただろうか。

「なら、どうにでもされてくれ」

その台詞の真意が分からず、雅は小首を傾げた。
デイダラの頭の中に腰抜け≠ニいうサソリの言葉が反芻された。
腰抜けなりに、覚悟を決めた。

「オレの女になってくれ」



2018.4.30




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