大切な提案

宿に到着すると、宿主である老婆が玄関前で出待ちをしていた。
デイダラより先に鳥型粘土から身軽に降りた雅は、老婆に駆け寄った。

「婆様」
「雅、遅かったのう」

曲がった腰に手を当てている老婆の声は、穏やかでしわがれていた。
デイダラは遅れて地表に降りると、雅の背中を見つめた。
空中飛行の際、二人は口を利かなかった。
お互いに頭の整理が出来ていないのだ。
老婆は雅に小声で訊ねた。

「ターゲットは?」
「殺りました」
「流石じゃ」
「おい婆さん、少しは怒れよ…うん」

雅は老婆にさえ断りを入れず、洗濯されて畳まれていた黒衣を無断で持ち出して宿を出たのだ。
しかし、老婆はのんびりとしたペースを崩さない。

「風呂にでも入りなされ」
「はい」

雅とデイダラは老婆に続いて宿に入った。
玄関に置かれたテーブルで泥酔する男は、相変わらずの白いタンクトップ姿で、テーブルに突っ伏して爆睡している。
老婆はそれに見向きもせず、受付の奥から丁寧に畳まれている浴衣を持ってくると、雅に渡した。

「ありがとうございます」
「婆さん、オイラももう一回風呂に入りたいぞ、うん」
「おや、髷の若造もか」
「その髷の若造ってやめてくれよ…」

デイダラという立派な名前があるというのに。
喉で笑った老婆は、デイダラの分も浴衣を取りに向かった。
その間も二人は一切口を利かず、更に雅は先に地下へと行ってしまった。
デイダラは何も言えないままその背中を見送っていたが、いつの間にか背後にいた老婆に驚き、跳び上がりそうになった。

「うわっ!」
「髷、喧嘩か?」
「髷って言うな!うん!」

デイダラは不貞腐れながら浴衣を受け取ると、地下へと向かった。
廊下を淡々と辿り、女湯の向かいにある男湯に入った。
本日二度目の風呂だが、頭を整理するにはいい場所だ。

───売り飛ばされて純潔を穢されるくらいなら、自らの手で命を絶て、と。
───この世界は無情なものなんです。

デイダラは上着を無造作に脱ぎ捨てながら考えた。
一ヶ月前に雅と再会してから、本来の雅に逢えたものだと思っていた。
冷酷無慈悲なレッテルを貼り付けてしまっていた雪女ではなく、笑顔が芸術的な一人の女だ。
しかし、雅はデイダラの理解が追い付かないような考え方を心に秘めていた。

───オイラを…軽蔑したか?
───いいえ。

何故、いいえと言ったのだろうか。
過去の事は気にしないでくれるのだろうか。
デイダラは石造りの露天風呂を貸し切り状態で使いながら、透明な湯に鼻の上まで浸かった。

否定されても構わない。
それでもはっきり伝えたい事がある。
この際、廊下で待ち伏せよう。





page 1/2

[ backtop ]



×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -