芸術家の焦燥

物心ついた頃から、親はいなかった。
十歳で逃げるように里抜けしたが、仲間の一族は次々と捕らえられてしまった。
それから七年間、懸命に生きてきた。
ターゲットを暗殺する度に、一人の夜を過ごす度に、深い孤独を感じた。
だからこそ、あの宿でデイダラがくれた言葉が嬉しかった。
雪女と呼ばれた一族の生き残りである自分の心が、温かさで溶かされてゆくような気持ちがした。

―――オレはお前の一族を売買したような人間とは違う。
―――お前を喰いものになんかしねえから。



森の中で角都との待ち合わせ地点に移動したデイダラは、サソリと共に鳥型粘土の背から地表に足を下ろした。
早朝の太陽は低く、二人の影の色も薄い。
鳥型粘土は咥えていた賞金首を角都の目の前に放り投げた。
早朝から駆り出されたデイダラは角都を睨んだ。

「本当に小遣い増えるんだろーな?」
「約束は守る」

デイダラもサソリも、お互いの芸術に一定数の費用が要る。
粘土や傀儡のメンテナンス道具等々だ。
角都が賞金首の顔を確認していると、退屈そうにしていた飛段がデイダラに言葉で突っかかった。

「おい、デイダラ。
てめェ一週間前に雅ちゃんと相部屋に泊まったらしいじゃねーか」
「…それが何だってんだ」
「オレだって雅ちゃんと相部屋した事ねーのに!!」

デイダラは目を瞬かせた。
そうだったのか、知らなかった。
きっと角都がそうさせなかったのだろう。

「オレの雅ちゃんに手ェ出してねーだろうなァ?」
「指一本触れてねーよ!
つーか雅はお前のもんじゃねーだろ!うん!」

デイダラは飛段と睨み合いながら、角都とサソリにも睨まれるのを感じた。
あの宿では本当に何もなかった。
敷き布団を並べて話をしながら、二人仲良く寝ただけだ。
話をしたと言っても、デイダラが自分の芸術に関して雄弁を振るっただけだ。
雅はこちらの話を馬鹿にする事なく、終始笑顔で聞いてくれた。
手を出さなかったとサソリに言えば、「俺の気遣いを無駄にしやがって」「この腰抜けが」などと散々文句を言われた。
あの日のデイダラの寝付きは悪かったが、雅はよく眠っていた。
芸術的な寝顔や浴衣姿が忘れられない。

「………うん」
「何思い出してんだよ、てめェェ!!」

飛段は発狂寸前だった。
二年前に雅に一目惚れした飛段は、デイダラが雅と相部屋で泊まったと聞いた時、心底悔しかったのだ。

「いいかデイダラ!
その耳かっぽじって聞きやがれ。
雅ちゃんは殺させねーぞ。
オレはマジのマジで雅ちゃんに惚れてんだ」

デイダラは冷や汗をかいた。
そういえば、まだ飛段と角都には雅を殺す気がなくなったと伝えていなかった。
角都が横目で睨んでくるのを見ると、伝えておいた方が良さそうだ。
見ている限り、角都は雅に対してびっくりするくらい友好的なようだし。
飛段は黙考しているデイダラを怪しんだ。

「まさか雅ちゃんに惚れたとか言い出さねーよなァ?」

デイダラは目が泳ぎそうになった。
自分の気持ちなのに、気付くのは遅かった。

雅に惚れている。

二年間も殺したくて仕方がなかった女に、呆気なく心を奪われてしまったのだ。
一方、サソリはデイダラの状況にうんざりしていた。
最近のデイダラは理解不能な独り言が増えたし、時間があれば思い悩んでいる。
それは誰がどう見ても恋煩いでしかないのだ。

「雅が遅い」

角都が薄明るい空を見上げながら、物静かにそう言った。
その台詞にデイダラは気持ちが浮き立つのを止められなくなった。

「雅が来るのか?!
聞いてねーぞ、うん!」
「デイダラ、てめェ!
やっぱり雅ちゃんに惚れてんだろ!」

飛段がデイダラの襟首を掴もうとしたその時。
噂の人物が草陰から現れた。
黒衣で顔を深々と隠しているのは、デイダラが逢いたかった人物だ。

「遅くなりました」

フードを脱いだ雅は、申し訳なさそうに頭を下げた。
デイダラと飛段が雅との会話の権利を取り合いする前に、角都が雅の前に出た。

「お前が遅れるとは珍しいな」
「申し訳ありません」

雅は封印の巻物を取り出し、角都に差し出した。
角都はその手を巻物ごと片手で掴んだ。
雅は氷を思わせる綺麗な目を瞬かせた。
角都が何かを詮索するかのようにじっと見つめてくる。

「…手が冷たい」
「いつもそうですよ。
私の一族は低体温ですから」
「俺を誤魔化せると思うな」
「……」

雅の手を握るな、と飛段が角都に文句を言おうとしている。
しかし、芸術コンビと不死コンビの四人は雅の異変に気付いていた。
雅は何かを隠している。
氷のように透き通った目に、普段なら煌めく輝きが今は霞んでいるのだ。

「角都さん…私…」

角都の目を見つめていた雅は、強がるのをやめた。
身体の力が抜けると、倒れそうになったのを角都の腕に力強く支えられた。

「雅!」

デイダラの声だった。
彼の声を聞くと、何故か嬉しくなる。
それはきっと、あの宿で貰った言葉があるからだ。
角都は雅が楽な体勢を取れるように、片膝をついた。
雅の腰を地表に下ろし、その肩を引き寄せながら自分に凭れさせた。
雅は角都を弱々しく見上げた。

「角都さん…ごめんなさい」
「力を抜け。
俺に寄りかかって構わん」

逞しい腕に安堵した雅は、角都に身体を預けた。
駆け寄ったデイダラが雅の傍にしゃがみ、その顔色を伺った。
白い肌には青みがかかり、その目は霞んでいるように見える。
デイダラが雅に訊ねた。

「何があったんだ?」
「油断してしまって…刀で刺されました。
それが毒刀だったんです」

雅はつい先程まで、ターゲットである霧隠れの抜け忍やその仲間と戦っていた。
不意にデイダラの言葉を思い出し、気を抜いたのだろうか。
油断して、刀で右肩を貫かれた。
身体を氷化させたが、刀には毒が塗られていた。
その毒に気付いたのは、戦闘が終わった後だった。
角都は雅と二年に渡って手を組んできたが、雅が賞金首狩りで怪我をするなど一度もなかったというのに。
デイダラは続けて訊ねた。

「解毒はしたのか?」
「はい…少し疲れただけです」

氷化した体内から毒素を無理矢理分離させ、絞り出したのだ。
しかし、倒れるという事は余程疲れたのだろう。
デイダラは事を静かに見守っているサソリに振り向いた。

「サソリの旦那、何か薬は持ってねえのか?」
「気休め程度の薬なら、持ち合わせの薬草で調合出来る」

サソリは人を回復させる薬など持ち歩いていない。
人傀儡の製造に必要ないからだ。
飛段が至って真面目に言った。

「雅ちゃん、大丈夫だ。
ジャシン様の御加護がある」

デイダラは飛段を殴り飛ばしたくなったが、生粋のジャシン教徒である飛段は本気らしい。
気持ちが和んだ雅は微笑んだが、身体に上手く力が入らなかった。
角都がデイダラに言った。

「例の宿に行け。
あの宿主は何かと協力してくれるだろう。
お前の鳥なら速い」
「分かった、うん」

デイダラに迷っている余地はなかった。
角都から丁寧に受け取った雅の背中と膝裏に手を回し、横抱きにして立ち上がった。
その身体はやはり冷たかった。



2018.4.10




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