晴れやかな終了式

終了式の日。
クラスメイトが帰宅し始めた教室は、生徒が置いていく荷物もなくなり、普段よりも広く見えた。
この教室とさよならなんだと実感した。
あたしは公欠が多くて、教室には人一倍通えなかったけど、不思議と寂しさがある。
その教室を後にし、桜乃ちゃんや朋ちゃんと一緒に廊下を歩いた。

『次に逢う時は2年生だね。』

「愛ちゃんは今日からアメリカに行くんだよね?」

「休まなくて大丈夫なの?」

平気平気、と言ってみせた。
あたしにとって、春休みはのんびりと暇を持て余すような期間じゃない。
アメリカのテニスアカデミーで始業式までみっちり特訓して、テニス漬けの日々を送る。
朋ちゃんと桜乃ちゃんは心配そうだった。

「無理し過ぎちゃ駄目よ!」

「愛ちゃんがまた倒れないか心配だよ。」

『ありがとう、気を付けるね。』

無理をすれば、国光にも怒られちゃうしね。
三人で階段を降り、慣れた下駄箱にお別れを告げた。
来月から別の下駄箱に引っ越しだ。
上履きを袋に入れ、テニスバッグに片付けた。
外に出ると、朋ちゃんが目を輝かせた。

「あ、リョーマ様!」

1年トリオに捕まっている越前君を発見した。
越前君があたしと組んで市民テニス大会で優勝した件は、既に有名な話だ。
春休みを挟むし、その話題もきっと薄れていくだろう。
あたしと桜乃ちゃんは駆け出した朋ちゃんの後を追った。
朋ちゃんは越前君へのアピールを続けている、というより通常運転だ。
桜乃ちゃんは相変わらず複雑な心境なんだろうけど、朋ちゃんと話し合った今は以前よりも気持ちが楽な筈だ。

「リョーマ様と同じクラスがいいなー!」

朋ちゃんが越前君にすすっと寄っていった時、あたしは水野君と目が合った。
気持ちが楽になったのは、桜乃ちゃんと朋ちゃんだけじゃない。
あたしと水野君も、きっとそうだ。
水野君はほんのりと頬を染め、口籠もりながら言った。

「その…四月からも宜しくね。」

『此方こそ。』

次に越前君と目が合ったから、あたしは微笑んだ。
優勝賞品をあたしから譲られた越前君は、ぶっきらぼうながらも小さく頷き返してくれた。
すると、全く話す機会のない堀尾君が閃いたかのように言った。

「不二と同じクラスになったら、勉強教えて貰えるじゃん!」

「何言ってんのよ堀尾!

愛に散々酷い事言った癖に!」

あたしが思った事を朋ちゃんが代弁してくれた。
威勢的な朋ちゃんは堀尾君にビシッと指を差した。
堀尾君はギクッと肩を揺らした。

「そ、それはもうカツオに謝っ――」

「水野じゃなくて愛に謝りなさいよ!」

『朋ちゃん、大丈夫だから。』

実はそろそろ時間だ。
バスで家に帰ったら、空港に直行する。
飛行機に乗り遅れると大変だ。
荷造りは既に済ませてある。
朋ちゃんが堀尾君に文句のシャワーを浴びせている間、あたしはピンクゴールドの腕時計を確認した。
そんなあたしに気付いたのか、越前君が言った。

「アンタ、時間なんじゃないの?」

『あ、うん、実はそうなの。』

越前君は気遣いの出来る人間だったのか、と失礼な事を考えてしまった。
あたしが行ってしまうと分かった途端、朋ちゃんが涙目になり、桜乃ちゃんも寂しそうな表情をした。

「愛、連絡してよ?」

『勿論。』

「愛ちゃん、無理しないでね。」

『ありがとう。』

また同じクラスだといいね。
心からそう思えるのは、喜ばしい事だ。

『じゃあ皆、もし同じクラスになったら宜しくね。』

「ちょ、不二、あの…!」

踵を返そうとしたら、堀尾君に呼び止められた。
堀尾君の顔は真っ赤で、緊張しているのが分かった。
あたしは目を瞬かせた。
堀尾君は堅苦しく直立したかと思うと、頭を勢いよく下げた。

「…えっと、その、す、すみませんでした!」

堀尾君の腰は90度以上曲がっていた。
あたしはきょとんとしたけど、思わず笑った。

『もういいの。』

もう終わった事だから。
堀尾君が感激の目を向けてきたから、また笑ってしまった。
今度こそ皆に手を振り、踵を返した。
家に帰って着替えたら、空港に直行だ。
軽い足取りで青学前のバス停に向かった。


2018.3.26




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