一歩先へ

夕焼け空の下、あたしは自転車をマイペースに漕いでいた。
今から逢えるか、と国光からメッセージが届いたのはつい先程だ。
一般道路の路肩や住宅街の合間を通り、手塚宅まで向かった。
立派な日本家屋の門の前に、国光が立っていた。

『国光ー!』

国光はちょっぴり呆れた表情をしながら、自転車から降りたあたしを見た。

「俺が行くと言っただろう。」

『今日は卒業式だったんだから、疲れたでしょ?』

お前の家まで行く、と言ってくれた国光に有無を言わせなかった。
あたしは此処までバスに乗らずに自転車で来た。
国光は自転車を停めたあたしの頭を撫でた。
その大きな手に安心する。

「わざわざすまない。」

『いいの、逢いたかったから。』

国光と逢うのは、あの市民テニス大会以来だ。
あの後は期末テストがあったし、テニスと勉強で慌ただしかった。
あたしは自転車の前かごに入れていた小さな紙袋を取り、国光に差し出した。

『マドレーヌ焼いたの。

卒業おめでとう。』

「!」

国光は受け取ってくれた。
あたしは寂しいという言葉をグッと飲み込んだ。
今後は今まで以上に逢えなくなる。
国光は紙袋を見つめた後、あたしの顔を見た。

「ありがとう。

抱き締めても構わないだろうか。」

『え、えっ。』

まだ返事をしていないのに、ぎゅっと引き寄せられて、ぱっと離された。
顔を熱くしながら硬直していると、国光はさらっと話を変えた。

「お前がアメリカのテニスアカデミーに行く前に、また逢おう。」

一週間もすれば終了式があって、その日に渡米する。
その翌日になれば、テニスアカデミーの初日が始まる。
多忙な日々が待っているけど、テニス日和になれる環境はありがたい。
ふわっと緩やかな風に、お互いの髪が揺れた。
国光はあたしの髪を撫で、そのまま滑らせるように頬に手を添えた。
その温もりに自然と笑顔が零れて、あたしは無意識に目を閉じた。

「それは誘っているのか?」

『え、違うよ…!』

パッと目を開けた時には、国光の顔がかなり迫っていた。
あたしが身を引くと、国光はふっと笑った。

「冗談だ。」

あたしは片頬を膨らませた。
此処は手塚宅の玄関前だ。
抱き締められただけでも嬉しいのに、キスをするのは気が引けるし、何だか申し訳ない。
膨らませた頬を軽く摘まれ、ぷすっと空気を抜いた。

『ねえ。』

「如何した?」

『卒業おめでとう、国光。』

「ありがとう。」

来月から高校生だね。
一歩先へ進んでゆく国光を、あたしも必死で追いかけるから。
遠くに行き過ぎないでね。


2018.3.15




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