嫉妬の先に-3
越前から少し遅れて、俺たちも歩き出した。
「タクシーは予約してある。」
『ありがとう。』
俺は早々と歩き、会場の裏口へと向かった。
正門から出ると、観衆に捕まりそうだからだ。
しかし、裏口といっても一般道路に続いている。
人は必ずいるだろうし、出待ちされている可能性もある。
混み合う正門を避けたかったのか、観衆の一部の人間が同じ方向に流れて歩いていた。
その中に紛れながら歩いたが、愛は気付かれていないようだった。
『国光。』
「如何した。」
『何を怒ってるの?』
俺は足を止めそうになったが、歩き続けた。
愛が俺の隣に駆け寄ってきた時、自分が愛より先に歩いてしまっていたと気付かされた。
「何も怒ってなどいない。」
『だって目も合わせてくれない。』
愛に顔を覗き込まれた時、確かに目を見ていなかったと気付かされた。
俺は胸に充満する感情と闘っていた。
愛と越前は試合中に手を触れ合わせたり、隣同士でトロフィーを持っていた。
それに、越前が交際相手ではないかと勘繰られていた。
『普段の国光なら歩調を合わせてくれる。
今は手も繋いでくれない。』
「人に見られるのは困るだろう。」
『ちゃんと変装してるのに。
言葉も刺々しいよ…。』
確かにこの変装なら人に気付かれるとは思えない。
俺は自分に嫌気が差した。
愛の事になると、冷静でいられなくなる。
愛と視線を合わせないまま歩き続けると、会場の裏口が見えてきた。
正門と比較すると小さい門だったが、やはり人が出待ちしていた。
愛の変装レベルが高いのもあってか、誰にも気付かれていない。
一般人に紛れて歩いているのが幸いした。
『国光、待って。』
「!」
愛が突然立ち止まり、俺も遅れて立ち止まった。
裏口の目の前で立ち止まるとは、何事だ。
愛は俯き、俺に表情を見せない。
人々が俺たちの横を通り過ぎていく。
「何をしているんだ、行くぞ。」
『教えてよ、何を怒ってるの?』
「怒ってなどいない。」
『あたしと越前君がペアを組んだのがやっぱり嫌だった?』
俺は沈黙してしまった。
肯定と解釈されたかもしれない。
愛は俺の表情の変化に鋭い。
俺が越前を無表情ながらも睨んでいたのを、愛なら気付いているだろう。
『あたしが越前君と写真を撮られるのが嫌だった?』
「……。」
また何も答えられなかった。
愛はゆっくりと顔を上げ、哀しげな表情を見せた。
俺がそのような顔をさせているのだと思うと、罪悪感に蝕まれた。
『妬いたの?』
「…!」
『…ごめん、そんな訳ないか。』
愛は悲痛な笑みを見せた。
そうだ、この感情は嫉妬だ。
越前とミックスダブルスのペアを組むのを、俺は了承した筈だった。
それに、有名人の愛が注目されるのも分かっていたというのに。
『国光はあたしと噂になるのは嫌?』
「そんな訳がないだろう。」
全国大会の決勝戦で、愛は左肩を負傷した俺に大声で突っかかった。
全国大会出場メンバーに俺たちの交際が知られたが、それは寧ろ俺にとって好都合だった。
愛が俺のものであると公言出来たからだ。
『あたしは国光以外と噂になるのは嫌。』
「!」
愛はキャップと伊達眼鏡を外すと、その場に放った。
更にかつらを脱ぎ、入れ込んでいた髪を外に出した。
俺は目を見張り、何も言えずに立ち尽くした。
愛は俺の襟首を両手で掴み、強く引き寄せた。
あっという間に、唇が重なった。
2018.2.27
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