誕生日デート 後編-2
「降りるぞ。」
『え、もう?』
「いいから降りてくれ。」
あたしは頬を拗ねたように膨らませると、するするっと簡単に降りた。
国光もあたしの後を追って降りてきた。
地に足をつけた国光の背中にぎゅっと抱き着いた。
「愛?」
『今日は沢山甘えるの。』
といっても、もう30分くらいしかないけど。
国光があたしの手に自分の手を重ねてくれた。
あたしは広い背中におでこをぐりぐりと押し付け、一緒にいられる幸せを噛み締めた。
「普段からもっと甘えても構わない。」
『甘えてるよ?
今日だって家まで送ってくれるし。』
年明けにも、甘えていいと言われたのを覚えている。
でも、やっぱりあたしは甘え過ぎていると思う。
国光が大人だからって、あたしは小さな子供みたいに甘えてしまう。
『ねぇ。』
国光の服を軽く引っ張った。
こっちを向いて欲しい。
抱き着いていた腕を解くと、国光があたしを見てくれた。
今日は甘えたい。
『……キス、したい。』
そう言った癖に、恥ずかしくて俯いてしまった。
国光は何も言わずに自分の手袋を取ると、あたしの頬に手を添えた。
その手が温かくて、思わず顔が綻んだ。
そっと上を向かせられると、優しいキスが降ってきた。
短く触れるだけのキスが終わると、国光は自分のショルダーバッグのチャックを開けた。
其処からあたしの見慣れた袋を取り出し、あたしに差し出した。
あたしは『ん?』と思った。
『それってあたしのよく行くゲーム販売店の袋よね…?』
「誕生日プレゼントだ。」
『ほ、ほんとに?』
それを恐る恐る受け取り、中を覗いた。
大声できゃーっと言いそうになるのを必死で堪えた。
『これって先週末に限定先行発売されたゲーム…。』
あたしの大好きなカードゲームソフトの新作。
ゲーム販売店で先着50本しか販売されなかった超レアな限定品だ。
本来の発売日は今週末だけど、市民テニス大会やテニススクールで行けない。
お姉ちゃんに頼んで買ってきて貰おうと思っていた。
あれ、ちょっと待て。
限定先行販売となると、販売店の前に整理券目掛けて行列が出来る筈だ。
『もしかして並んだの…?』
「ああ。」
『どれくらい…?』
「……。」
国光が黙るくらい並んだんだ。
オタクの間に並ぶ国光を想像すると、一人だけイケメンが目立っている絵ヅラが頭に浮かぶ。
『ありがとう国光大好き!』
国光の首元にがばっと抱き着いた。
かなりの勢いだったのに、国光はよろめきもせずにしっかりと抱き留めてくれた。
心が浮き立つのを止められない。
『今日は完徹!』
「ちゃんと寝てくれ。」
裕太お兄ちゃんに自慢しよう。
国光と抱き合いながら、あたしはにこにこした。
「誕生日、おめでとう。」
『ありがとう。』
「来年も祝わせて欲しい。」
『此方こそ。』
二人で視線を合わせ、もう一度キスをした。
そろそろ行かなくちゃ。
国光は手袋をはめ直し、あたしの手を握った。
あたしは貰ったプレゼントの袋を大切に持つと、国光と同時に歩き出した。
『来年は学校が別になるけど、学校が変わっても逢ってね?』
「当然だ。」
お互いに忙しいかもしれないけど、国光に逢いに行くよ。
でも、今までよりもずっと逢えなくなっちゃうね。
寂しくて、国光の手を強く握った。
『そっか、もうすぐ卒業式なんだね。』
「…そうだな。」
『話してなかったけど、終了式が終わったら、春休みの間だけアメリカのテニスアカデミーに行ってくる。』
テニススクールのトップ選手たちと一緒に、武者修行に出掛ける。
世界から優秀な選手が集うアカデミーだ。
来月末から始業式の前日まで、テニススキルの向上に全力を尽くす。
テニスアカデミーには入学試験があるけど、あたしはそれを免除された。
『来月末からまた逢えなくなるけど…ごめんね。』
「強くなって戻ってこい。」
あたしは頷いた。
到着した自宅の前で、国光の頬に手を伸ばした。
『あたしが帰国したら、国光の高校の制服姿が見たいな。』
「2年後には同じ学校だろう。」
『いいの。』
同じ青学の高等部に入学するまで、2年か。
2年後のあたしたちは如何なっているのかな。
あたしはちゃんと国光の傍にいるのかな。
『今日はありがとう。』
「また出掛けよう。」
『うん。』
玄関の門を開ける前に、二人で引き寄せられるかのようにキスをした。
名残惜しいけど、国光を困らせたくない。
寂しいという言葉を飲み込み、何も言わなかった。
『送ってくれてありがとう。』
「また連絡する。」
『待ってる。』
二人で見つめ合った。
最後に、もう一度だけキスをした。
2017.12.22
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