忘れていた日-2
今日はあたしの誕生日。
久し振りに国光とデートする日。
でも、誕生日だからといって、朝から自分を甘やかすつもりはない。
越前君と朝練前にミクスドの練習をしようと約束していた。
ミクスドの練習といっても、簡単な基礎練習だ。
『寝坊しなかったんだね。』
「プレステ欲しいから。」
男女共有のテニスコートに現れた越前君は、学校にレギュラージャージを着てきた。
それはあたしも同じだった。
倉庫からテニスボールが沢山入ったかごを持ってきたあたしは、その一つを手に取った。
『まずは前衛の練習ね。
クロスで出すから連続でポーチに出て。』
「分かった。」
随分と素直だけど、越前君はダブルスが苦手だ。
実戦不足は反復練習で補いたい。
ちなみに、あたしは国別対抗戦でダブルスの経験がある。
テニスボールを二度バウンドさせ、ネットの向こう側で構える越前君に言った。
『返せなかったら頭にテニスボールぶん投げる。』
「暴力反対。」
足元でバウンドさせたテニスボールを、クロスでリターンのように打ち込んだ。
後衛同士のラリーに割り込んでボレーを決めるのが、ポーチというプレー。
これが出来れば勝利は近付く。
そのタイミングを反復練習するんだ。
とりあえず回転をかけずに打ち、越前君はその度に絶妙な角度で打ち返した。
それを何度も繰り返す。
「飽きるんだけど。」
『反復練習って大事よ?
プロもやってるんだから。』
あたしは不意にグリップの持ち方を変えた。
ラケットの面の端から端まで素早く利用し、超回転をかけて打ち込んだ。
怯んだ越前君はネット側に跳ね上がった打球を打ち返せず、ラケットは空振りとなった。
その目に闘志が見えた。
「…にゃろう。」
『誰が飽きるって?』
「撤回する。」
越前君はスプリットステップを踏み始めた。
真剣に練習してくれるみたいで安心した。
その後も、打球を魔球のように彼方此方に跳ね上げた。
まるで例の件の復讐をするかのように。
『この20分で動き出しにも慣れたね。』
「お陰様で。」
かごをネットの向こう側に移動させ、転がっているテニスボールをラケットで拾った。
二人でどんどん拾い上げながら、コートの外にある屋外用の時計を見た。
『交代って言いたい所だけど、もう朝練の時間だね。』
「放課後は如何するの?」
『今日は部活が終わってから予定があるの。
誕生日だし、ぱーっと遊ぶ。』
ぽいっとテニスボールを片付け、周囲に片付け残しがないかを確認した。
全部回収出来たようだ。
ローラー付きのかごを押そうとした時、越前君の片手がかごを掴んで引き留めた。
「アンタ…今日誕生日なの?」
『うん、そうみたい。』
「他人事みたいな言い方だね。」
今朝、家族がおめでとうと言ってくれた。
晩ごはんにはホールケーキが待っている。
「知ってたらジュースの一本でも渡したのに。」
『いいよ、気を遣わなくて。』
越前君がかごを押してくれたから、あたしは倉庫の重い扉を開けた。
『あ、じゃあお願いがある。』
「何?」
『市民テニス大会にエントリーしといてくれる?』
調べてみれば、エントリー期間は明日まで。
今日中に市役所でエントリーを済ませておきたい。
「してあるよ。
アンタと俺の名前で。」
『何時の間に…。』
それは有難い。
越前君はよっぽどあの優勝賞品が欲しいんだ。
「あのさ。」
『ん?』
「…おめでと。」
『ふふ、ありがとう。』
ちょっと不器用なおめでとうでも嬉しかった。
市民テニス大会、頑張ろうね。
優勝したら、優勝賞品を譲った事を弱みとして握ってやるんだから。
2017.10.19
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