受け入れられない-2

二人で何も言わずに歩き続け、人のいない公園にやってきた。
緑が一杯で広々とした公園は日本とは大違いだ。
あたしの家の近所にある公園を思い出し、国光との思い出が頭の中を駆け巡った。
ぎゅっと唇を噛むと、国光が立ち止まった。

「如何した?」

あたしは首を横に振り、何も答えなかった。
国光は繋いでいる手に力を込めると、あたしの頭の裏に手を遣り、自分に引き寄せた。
あたしは国光の肩口におでこを当て、目を閉じた。
如何して国光はこんなに優しいんだろう。
もう愛想を尽かされたと思っていたのに。

「去年のW杯の話を聞いた。」

『…っ?!』

反射的に顔を上げると、国光の眼鏡の奥にある優しい光があたしを見つめていた。
あたしの声が震えた。

『如何…して…何時から知って…。』

「オーストラリア入りする前、不二に聞いた。」

そんなに前から知っていたの?
瞬きを忘れた目から涙が溢れた。
オーストラリアに来てから泣き虫になっている。

「話してくれなかった事は責めない。

話し辛かっただろうからな。」

涙が伝う頬を、国光の指が拭ってくれた。
それでも涙は止めどなく溢れてくる。

「……ただ正直に言うと、訳も言わずに距離を置こうと言われて困惑した。」

あたしは頬に添えられた国光の手をそっと退け、国光から二歩分だけ下がった。
国光が眉を寄せた。

『話し辛かったなんて…理由にならない。』

国光はあたしに詰め寄り、これ以上離れられないようにあたしの両肩を掴んだ。

『ごめん…なさい…。』

罪悪感に苛まれ、国光の顔を見られない。

『たったそれだけで国光が合宿を辞退した事を受け入れられなくて…許せなくて…。』

「お前は命を脅かされたんだ。

たったそれだけという言葉で片付けられるような話ではないだろう。」

思い出すだけで身体が震える。
突き飛ばされた瞬間。
大型バスがあたしを轢こうと迫ってくる光景。
憎悪と嫉妬に満ちたあの目。
あたしが頭を抱えると、国光が抱き締めてくれた。

『ごめん…なさい、ごめ…っ。』

「落ち着くまで何も言わなくていい。」

震える身体を包み込んでくれる国光の腕が優しい。
如何して国光はまだ優しくしてくれるんだろう。
あたしは国光の腕の中で、自然と落ち着きを取り戻していった。
呼吸も整った頃、ゆっくりと話し始めた。

『あたしはW杯に思い入れがあって…。』

きちんと説明しなきゃ。
華代が言った通り、思いをぶつけるんだ。

『今年の選抜合宿も免除される予定だったけど、自分から希望して参加した。』

「!…免除だったのか?」

『うん。』

あたしは説明を続けた。
今年は馬鹿みたいに予定を詰め込んで身体を酷使し、メニエール病になってしまった。
その分、テニスにはブランクがあった。
病院の担当医から試合の許可を貰うと、U-15国別対抗戦への出場権として国際大会に早速出場した。
W杯の日本代表選抜合宿にも参加して、試合でも勝てる事を証明したかった。
きちんと前段階を踏んでから、W杯と向き合いたかった。
去年のW杯は参加可能な年齢を満たしていなかったけど、特例で認められた。
凄く嬉しくて、最年少ながら日本代表として精一杯闘おうと思っていた。

『でもあんな事になったから…今年こそ絶対に出場したかった。

だから国光が合宿を離脱した時…受け入れられなかった。』

あたしの話を静かに聞いていた国光は、あたしの背中を撫でながら言った。

「俺がドイツ代表になった事も、お前にとって酷い話だっただろう。

お前を思って出た行動だった筈が、逆に傷付けていた。」

『それを受け入れられないあたしはやっぱり……駄目なんだよ。』

「何が駄目なんだ?」

『国光はあたしじゃ駄目だよ。』

あたしは国光の胸から顔を上げた。
心苦しく思いながらも、考えている事を口にした。

『あたしは雑誌の記事に変な事書かれたりするような子なんだよ。』

「公にはならなかっただろう。」

『多分これからも国光の事振り回してばっかりだよ。』

「幾らでも振り回せばいい。」

『あたしが相手じゃ国光が勿体ないよ。』

「俺にはお前しか考えられない。」

あたしが国光を突き放した理由を知っていても、国光はあたしだけだと言ってくれる。
こんなにも幸せな事はないのに。

『如何してかな…まだ…受け入れられないの…。』

「それでも構わない。」

国光はあたしの頬に手を添え、そっと撫でた。
心地良くて、目を閉じそうになる。

「お前が受け入れられるようになるまで待つ。」

『…何年でも?』

「ああ。」

『その間に好きな女の子が出来るよ。』

「俺はずっとお前だけだ。」

馬鹿なんだから。
そう言おうとしたけど、国光の顔が近付いて、あたしは目を閉じた。



2017.7.19




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