そっくりさんと本人-2

会場の外に出ると、広場のベンチに座った。
もう少し何か食べたかったなと思っていると、自販機に寄ってきた越前君が何かを手渡してきた。

『え、いいの?』

越前君は目を逸らしたまま頷き、隣に座った。
貰ったのは袋に入っているチョコレート菓子だった。

『美味しそう、ありがとう!

そうだ、帽子もありがとね。』

あたしは越前君に帽子を返してからお菓子を開け、中のチョコレートスナックを頬張った。
甘くて美味しい。
日本のお菓子も美味しいけど、オーストラリアのお菓子も馬鹿に出来ない。
越前君は自販機で炭酸の缶ジュースを買ったらしく、それを開けた。
炭酸ならではのいい音がした。

『そういえば、如何して呼び出したの?』

「アンタ話し上手じゃん。」

『そう?』

越前君は適当にあしらっているけど、何か話したかったんだろうな。
お兄さんの事や、アメリカ代表になった事を直接話したかったのかもしれない。

「体調良さそうだね。」

『うん、元気。』

気にしてくれていたんだね。
快晴の空から強い紫外線が注いでいて、早く食べないとチョコレートが溶けちゃいそうだ。

「昨日、ドイツ代表にちょっかい出されたって?」

思わぬ質問に、あたしの手が止まった。
アメリカ代表の越前君にあの件が知られていたなんて。
挑発的なドイツ人を思い出すと、虫唾が走る。

『喧嘩売られたの。

あのさ、それ何処で聞いたの?』

「不二先輩。」

『お兄ちゃん…!?』

「道端で偶然逢った時、聞いた。

アンタの事気にしてやってくれって言われた。」

あたしのW杯を無事に終わらせたいお兄ちゃんの気遣いだろう。
越前君とあたしは交流があるし、お兄ちゃんは越前君にも昨日の件を知っていて欲しかったのかもしれない。

「W杯の出場者の名簿を見たら、手塚部長の名前があったけど。」

『!』

国光の名前が出た瞬間、あたしの表情は硬くなった。
越前君は缶ジュースを一口飲むと、何時ものペースで言った。

「手塚部長がドイツ代表にいるのに、何とかしてくれない訳?」

『ちょっと色々ありまして。』

「何それ……別れたの?」

『うーん、違う…かな。』

「如何いう意味?」

あたしは弱々しく微笑み、チョコレートを頬張った。
傷心しているのはあたしよりもきっと国光の筈だ。
越前君は国光とあたしの状況に興味があるらしく、あたしの横顔をじっと見ている。
越前君に去年のW杯の事件を話してしまってもいいだろうか。
そうすれば、心が少しでも楽になるかもしれないし、助言も貰えるかもしれない。
越前君が助言する様子を想像してみた。

『…やっぱ駄目だ。

心が弱過ぎるって液体窒素並みに冷たく言われそう…。』

「何言ってんの?」

あたしは深々と俯き、自分自身に嘲笑した。
越前君は無遠慮に言った。

「別れてるみたいな状態なんだ?」

『……傷えぐらないで。』

「ふーん、じゃあさ…。」

突然、越前君があたしとの距離を詰めた。
かと思うと、あたしの肩をグッと引き寄せ、お互いの肩が触れ合った。
反射的に顔を上げて越前君を見ると、越前君は別の方向を見ながら口角を上げていた。

『ちょっと越前君、何…?!』

「こういう事してもいい訳だ。

そうでしょ、手塚部長。」

越前君の台詞に目を見開き、その視線の先を追った。
テニスコート半面分程先に、昨日も逢った人物がいた。
ドイツ代表のユニフォーム姿で腕を組み、越前君を睨んでいるのは国光だった。

「……その手を離せ。」

「やだ、って言ったら?」

越前君も国光を睨み返した。
国光はあたしの目を見ると、片手を差し出した。
こんな時にも、国光は手を差し伸べてくれるんだ。
あたしは涙目になり、ベンチから立ち上がって越前君から離れた。
国光に駆け寄ると、強く抱き締められた。
越前君の目の前で抱き締め返してもいいものかと悩んでいると、頬に手を添えられた。
あっという間に唇を奪われ、あたしは目を見開いた。
見せつけるようなキスなのに心地良くて、国光のユニフォームをきゅっと掴んだ。

「……見せびらかすとか…。」

越前君の不満そうな声を合図にキスが終わり、あたしは国光の腕の中に包み込まれた。

「余裕ないんだね。」

越前君は国光に言ったんだと思う。
その台詞に対し、国光は何も答えなかった。

「不二ごめん、さっきのはからかっただけだから。

早く部長と仲直りしなよ。」

あたしが国光の胸から顔を上げると、越前君は背中を向けたまま軽く手を上げ、去っていく所だった。
あたしをからかって国光を挑発したかっただけ?
本当に仲直りして欲しかったの?
それとも、両方?
真意は分からない。

「愛、何をされた?」

国光の大きな両手があたしの頬を包み、越前君を見送っていたあたしの顔を自分の方に向き直させた。

『…何もされてない。』

「何故一緒にいた?」

『話したいって言われて…。』

国光は大きな溜息を吐き、あたしを腕の中に閉じ込めた。

「昨日もそうだったが、気を付けてくれ。」

『越前君はそんな人じゃない。』

「分からないだろう。」

『良き友人だよ。』

独占欲を晒してくれるのが嬉しい。
少しだけこの時間に陶酔すると、国光の胸を押した。
離れようとしたけど、国光が顔を寄せてきた。
咄嗟に顔を背け、国光から強引に離れた。

『…ごめん。』

「……。」

あたしの目から涙が溢れた。
また泣いてしまうなんて。
国光は目を細め、動揺しているようだった。

『……如何してあたしなの?』

「俺にはお前しかいない。」

『W杯には可愛い女の子が沢山いるから、目移りするよ。』

「あり得ない。」

今はそう言い切っているけど、あたしが国光を突き放した理由を知ったら、呆れるんだろうな。
如何して去年のW杯の事を話しもせずに距離を置こうと言ったのか、責めるんだろうな。

「お前は?」

『え?』

「目移りするのか?」

あたしが目移り?
国光以外の人に?

『……あり得ないよ。』

涙を拭って情けない笑顔を見せてから、その場から逃げるように走り去った。



2017.7.13




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