ドイツ人の挑発-2

先輩がホテルへと人を呼びに背中を向けた瞬間。
男の人はユニフォームのポケットに入っていたテニスボールを取り出し、高々と上に投じた。
それを見たあたしはラケットケースの外ポケットからテニスボールを瞬発的に取り出し、ぶん投げた。
それは男の人が投じたテニスボールとぶつかり、両方共々別方向へと弾かれた。
相手のサーブを不発に終わらせたあたしは、男の人と睨み合った。
先輩の足音が聞こえなくなったから、無事にホテルへと向かったようだ。

『ふざけてんの?

何様のつもり?』

挑発にも限度がある。
日本語が分からないだろうから、この際暴言をぶつけまくってやろうか。
男の人はまた何かを言うと、ラケットを脇に挟んで更に近寄ってきた。
品定めでもするかのようにあたしを見ると、自分を指差して言った。

「Siegfried.」

ジークフリート≠ニ言った気がした。
もしや、これは自己紹介というものなんだろうか。
あたしが眉を寄せると、手で顎をグイッと持ち上げられた。

『…!』

怪しく舌舐めずりをされた。
こいつを睨み続けるあたしは正当防衛に出る覚悟を決めた。
これ以上何かしてくるようなら、貴方の真ん中にある大切なボールを蹴り上げて再起不能にしてやる。
その時、あたしの顎を持ち上げていた腕が誰かにきつく掴まれ、あたしは解放された。

『…な…!』

その人物を見て、あたしは唖然とした。
ドイツ代表のユニフォームを着るその人物は…

「クニミツ。」

「……ジークフリート。」

距離を置いている恋人が理解不能なユニフォーム姿で登場した事によって、あたしの思考回路が完全に停止した。
油断したのが悪かった。

『きゃ…っ!』

ジークフリートと呼ばれた人物は口角を上げ、国光の腕を振り払った。
更に、脇に挟んでいたラケットを放り投げ、あたしの腰に腕を回した。
背後から乱暴に引き寄せられ、国光に見せつけるかのように肩にも腕を回された。
国光の表情に未だ嘗て見た事のないような強い怒りが見て取れた。
やられっぱなしが性に合わないあたしは、思いっきり肘を振り上げた。

『…離して!』

「ぐっ…!!」

ジークフリートとやらの脇腹に渾身の肘打ちを食らわせ、その腕から抜け出した。

「愛!」

国光があたしに向かって広げていた腕の中に、躊躇いなく飛び込んだ。
悶絶するドイツ人の声なんてそっちのけで、国光に縋り付いた。
力強く抱き締めてくれる腕を懐かしく感じる。
国光はあたしの肩を優しく押すと、あたしに怪我がないかを確認した。

「他には何もされていないか?」

あたしは無言で頷き、もう一度国光に抱き着いた。
あのドイツ人に触れられた感覚を忘れたくて、強く強く抱き着いた。
ドイツ人はベンチの荷物を無造作に集めると、ドイツ語で何かを言い捨て、テニスボールを拾いもせずに逃げていった。

「もう大丈夫だ。」

あたしは頷くと、国光の腕の中で目を開けた。
GERMANY≠フ文字が目の前にある。
それを遠ざけるかのようにその胸を押したけど、国光はあたしを抱き締めたまま離さなかった。
また逃げてしまうと思われているのかもしれない。

「愛、聞いてくれ。」

すると、沢山の足音が小さく聞こえた。
先輩が人を呼んできたんだ。
流石に国光はあたしを離したけど、あたしの両肩に手を置いたままだ。
先輩が呼んできたのは、お兄ちゃん、跡部さん、大石先輩の三人だった。
あたしは三人が走ってくる足音を聞きながらGERMANY≠フ文字を見た。
胸に溢れ出すのは嫌悪感だった。

『…日本に帰る気がなくなった?』

「違う。

頼む、俺の話を聞いてくれ。」

『聞きたくない。』

あたしの頬に伸ばされた国光の手をパシッと叩き、拒否した。
国光の目が見開かれた。
助けてくれた人に、あたしは何をしているんだろう。

『助けてくれて…ありがとう。』

国光が分からないよ。
涙目になったあたしは国光に背を向け、お兄ちゃんたちに駆け寄った。



2017.7.8




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