隠された過去-2

《あの補欠だった女の子やその家族が、愛に何度も土下座していたのをよく覚えているよ。》

俺は全てを黙って聞いていた。
不二の声色は単調で、その表情は予想出来ない。

《愛がその人たちを家には入れたくないって言ったから、通っていた病院の談話室を借りて面談したんだ。

まあ、自分の命を取ろうとした人間の事なんて、家に入れたくないのは当然だよね。

弁護士を通して和解金を支払って貰って、この件は収拾したよ。》

不二はクスクスと笑った。
人の背筋を凍らせるような冷たい笑い声だった。
今でも憎んでいるのだろう。
愛を消そうとした人間を。

《愛はW杯に特別な思い入れがある。

だから君が合宿を離脱した事に拒否感を覚えたんだ。

まるでアレルギー反応みたいに。》

来年は絶対に出場すると意気込んでいた時に、メニエール病を発症した。
過酷な治療を続け、ついに試合が出来るまでに回復した。
W杯出場に間に合わせたんだ。

《愛は今まで君に何度か話そうとしたらしいよ。

でも、如何切り出していいのか分からずに今日まで来た。》

俺と愛は遠距離のような恋愛をしている。
話を切り出すタイミングも難しかっただろう。
自分が命を絶たれそうになった話となれば、尚更だ。

《愛はドイツへ向かう君を快く送り出せないのを気に病んで、君と距離を置く事を選んだ。

自分は君に相応しくない女の子だと思ってる。》

気に病む必要などないというのに。
思い出してしまうのは愛の涙だった。
愛には天真爛漫な笑顔が似合うというのに。

「最近の愛は如何している?」

《馬鹿みたいに全部に一生懸命だよ。》

「そうか…しっかり見ておいてやってくれ。」

《分かってるよ。

愛の監視は本来君の仕事だから、早く復帰してくれたら嬉しいんだけど。》

本来は俺の仕事、か。
愛が過密なスケジュールの中に身を浸らせているとなると、身体を悪くしないか如何か心配になる。
俺はベッドに力なく座り込み、前髪を無造作に掻き上げた。

「すぐにでも愛と連絡を取ると言いたい所だが、悲報がある。」

《…何かな?》

不二の声に警戒の色が窺えた。
俺は無情な現実を口にした。

「俺はW杯のドイツ代表になった。」

まだまだ愛を泣かせてしまうかもしれない。



2017.7.8




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