作戦開始

夜行性という体質のお陰で、夜でも目はぱっちりと冴えている。
書斎のシャンデリアが消灯している中、テーブルの上のスタンドライトがパソコン画面を照らしている。
其処に映された小型カメラの映像をガン見しているのは、クロバットとマニューラだ。
一人掛けのソファーに腰を下ろすマニューラと、その背凭れに掴まるクロバットは、画面にそれらしき人物が現れないかを今か今かと待ち続けていた。
二人体制で一時間毎に交代している。

三人掛けのソファーには、シルバーとオーダイルが一つのブランケットを一緒に着ながら、隣同士で俯いて眠っている。
このブランケットは仲良しのトレーナーとポケモンを見たダイゴが用意し、肩まで掛けてあげたものだ。
テーブルを挟んで向かい側には、シルバーがこの書斎に来た時にはなかった三人掛けのソファーがある。
其処にはジャケットをブランケット代わりにしているダイゴが、横になって眠っていた。
他のポケモンたちはテーブルの上に置かれたモンスターボールの中で休憩中だ。
マニューラはパソコン画面の端っこに小さく表示されている時間を見た。

“もうすぐ十二時になるよ、ホントに来るのかな?”

“来るかもしれないよ?

ほら、また車が来た。”

パソコン画面の中央の小型カメラが、白いワンボックスカーを映した。
マニューラは頬杖を突いた。
さっきはタクシーに乗ったよぼよぼのお爺さんだったし、その前は家族連れで坊主頭の中年男性だった。
今回は如何だろうか。
その助手席から出てくる人間をガン見した。
グレーのロングジャケットを着ている男はホテル側を見ていて、その顔を窺えない。
だが一方で、その髪型は明瞭に見えた。
白髪のあるおかっぱの黒髪の男がトランクを引っ提げ、一人でホテルのロビーに入っていく。
マニューラは目を剥き、跳び上がった。

“シルバー!

起きて、起きてってば!”

眠りが浅かったシルバーは目をぱっと開けると、すぐさま立ち上がった。
オーダイルは寝惚けているらしく、肩に掛かっているブランケットを見ながら、ぼんやりと辺りを見渡した。
此処は何処だったっけ?などと考えていると、頭を翼で叩かれた。

“あいたっ…!”

“起きて通訳!”

シルバーはパソコンの前に滑り込むように立ち、マニューラの鉤爪で指差されたカメラを拡大した。
鮮明な映像には、ロビーで受付をしているシラヌイらしき男が映り込んでいる。
この騒ぎでダイゴが目を覚まし、慌てて身体を起こした。
薄暗い部屋の中で探したリモコンのスイッチを押すと、シャンデリアが明かりを灯した。
オーダイルは寝起きの脳をフル回転させ、テーブルの上に置いてあったリングノートとペンを手に持った。

“白い四角い車に乗ってきたんだ!”

マニューラは必死で説明した。
四角い車とはワンボックスカーの事だ。
オーダイルが字を書き、シルバーとダイゴに見せた。
シルバーの察しは良かった。

「ワンボックスカーか。」

シルバーはパソコンを操作し、映像を逆再生してから再生した。
確かに白いワンボックスカーからシラヌイらしき男が降りてくるのが映っている。
ワンボックスカーには何の塗装もないが、窓にはスモークフィルムが貼られていて、中が見えない。

「間違いない。」

ロケット団は要人を運ぶ際、この白いワンボックスカーで移動する事があった。
R≠フ文字の塗装もなく、寧ろ目立たないのが特徴だ。
それらをシルバーは明確に記憶していた。

「シラヌイが見つかったのかい?」

ダイゴは紳士らしくない寝癖をつけながら、パソコン画面を覗いた。
シルバーが指差した場所を確認すると、シラヌイの後ろ姿が映っていた。

「確かに間違いなさそうだね。

それじゃあ、次の手に行こうか。」

シルバーは頷くと、テーブルの上のボールを一つ手に取った。
これはシゲルから受け継いだものだ。

「ゲンガー!」

仮眠を取っていたゲンガーが現れ、うーんと伸びをした。
だが緊張感のある空気に気を取り直し、ビシッと敬礼した。
シルバーはゲンガーに無線機と空の巾着袋を手渡した。

「伝えてある通りに動いてくれ。」

“了解!”

透明化したゲンガーは、ガラス窓をいとも簡単に擦り抜けた。
先ずは不要になった三台の小型カメラの回収だ。
シラヌイが宿泊しないホテル前の小型カメラは、誰かに見つかる前に早く回収した方がいい。
ゲンガーはそれらを回収すると、次にシラヌイが入っていったホテルに向かった。
十階建ての豪華なビジネスホテルを、窓の外から覗いた。
電気がついている部屋だけを確認していくと、最上階の角部屋にシラヌイの姿を確認した。
ゲンガーはそれを一台の小型カメラに映した。

“シルバー、見える?”

《ああ、よく見える。》

不意にシラヌイにレースカーテンを開けられ、ゲンガーはドキッとした。
自分の身体が透明化しているのを再確認してから、音声が漏れないように無線をオフにした。
そして気配を押し殺しながら、部屋の中に侵入した。
シラヌイは窓ガラスを開け、無言で賑やかな街並みを眺めている。
広々とした部屋にはトランクが開けられ、テーブルの上に閉じられたノートパソコンや紙の資料が置かれていた。
資料の表紙が見え、ゲンガーはそれを小型カメラに映した。
演説内容の総括≠ニ印刷されている。

ゲンガーは無駄な物音を立ててしまわない内に、部屋の扉をすり抜けて廊下に出た。
巾着袋に折り畳んで入れていたホテル内マップを取り出し、シルバーやダイゴが通る予定の通路や部屋を撮影した。
ゲンガーには緊張感があったが、それと同時に高揚感や爽快感も覚えた。
今、間違いなく重要な役割を果たしているし、それらが無事成功に終わりそうなのだ。
ゲンガーはホテルから外に出ると、一目散にデボンコーポレーションへと向かった。
無線をオンにし、話し掛けた。

“今、戻ってる!”

《よくやったな、有力な情報だ。》

シルバーに褒められると、凄く嬉しくて心が浮き立つ。
ゲンガーはデボンコーポレーションの書斎に戻ると、透明化をやめて姿を現した。

“戻りました!”

ビシッと敬礼したゲンガーを、皆がほっとして迎えた。
シルバーが視線を合わせて頷いてくれたのが嬉しくて、抱き着く動作をしながら主人の身体をすり抜けた。

「う…。」

ゴーストタイプのポケモンにすり抜けられる独特の悪寒がしたシルバーは、顔色が青くなった。
パソコン画面を確認していたダイゴが面白おかしそうに笑うと、ゲンガーはついでにダイゴの身体もすいーっと通り抜けた。

「うっ…なるほどね…。」

ダイゴは背筋がぞぞっとしたが、これも滅多にない経験だ。
ゲンガーはけらけら笑った。
温かな空気が流れる書斎だが、もうすぐ時間だ。
嵐の前の静けさならぬ穏やかさだった。





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