貴重な二人きり

ドイツへ発つ前日。
あんな激しい体調不良に見舞われる事はなかった。
疲労による頭痛なんて慣れてしまったし、比較的平和に過ごしている。
もうあんな体調不良はあれっきりかもしれないと思ってしまっているのは否めない。
何も隠してなかったの、と国光に誤魔化そうかと思ってしまうくらいに。

現在、職員室前には中間テストの成績優秀者上位20人の名前が学年別で貼り出されていた。
クラスメイトの友達から教えて貰い、放課後に見に来たんだ。
あたしはぽかんと開けた口が塞がらなかった。

『嘘……。』

第5位 不二愛 485点

疲れ過ぎて中間テストで良い点を取る幻でも見ているのかもしれない。
目を擦ってもう一度見てみる。

「凄いよ愛ちゃん!」

一緒についてきた桜乃ちゃんが自分の事のように喜んでいる。
国光の一緒の高校行きたくないのか#ュ言でやる気スイッチが入ったあたしは、確かに今までにないくらいに勉強した。
テニス、勉強、恋愛。
全部を全力でやろうと決めたから。
でも、まさか5位とは。
5科目500点満点中、485点。
今なら何でも出来る気がする。

「これで安心して大会に出られるね!」

『ありがとう、桜乃ちゃん。』

この子は素直で、他人の事を自分の事のように喜べる子だ。
あたしは桜乃ちゃんに微笑んでから、貼り紙をスマホで記念撮影した。
3年生の貼り紙を見てみよう。
最高学年にもなると、科目が増える。
国語が現代文と古典、理科が生物と物理、社会が日本史と世界史になり、全部で8科目だ。

『…!!』

第1位 手塚国光 765点

流石は我が自慢のダーリンだ。
ざっと計算して平均95点以上。
あたしがにこにこしているのを見て、桜乃ちゃんも3年生の貼り紙を見た。

「わあ、手塚先輩凄いね!」

『うん。』

やっぱり凄いや。
桜乃ちゃんはちょっぴり羨ましそうにあたしを見ていた。
色々と話を聞いている限り、越前君への片想いは暫く続きそうだ。
だから、桜乃ちゃんには国光の話を余りしないようにしている。
左手首に着けている猫の腕時計を見ると、そろそろ約束の時間だった。

『あたしは生徒会室に行くね。』

「うん、大会頑張ってね!」

『ありがとう、頑張ってくる!』

手を振り合って別れてから、生徒会室に向かった。
今日は生徒会の活動日じゃないけど、此処で待ち合わせをしている人がいる。
目的地に着くと、静かに洋書を読んでいるその人がいた。

『国光!』

「来たか。」

あたしはドアを閉めると、わざと鍵をかけた。
テニスバッグを近くの机に放り、国光の前の席に座って向かい合った。
机に両肘をつき、眼鏡の奥にある綺麗な瞳を見つめる。
数学を直々に教えてくれたし、国光が1年生の頃のノートも借りた。
だから、結果を報告しなきゃ。

『あのね!』

「如何した?」

この目は既にあたしの結果を知っている目だ。
それでも言わせてくれるつもりなんだろう。
国光はとても優しい。

『学年5位だったの!』

「ああ、よくやったな。」

『国光のお陰。』

頬杖をついて上機嫌に笑うと、国光も微笑んでくれた。
頭を撫でられ、そのまま頬に手を添えられた。
温かくて大きな手に胸が高鳴る。
途端に真剣な表情になった国光を不思議に思った。

「無理をしていないか心配になる。」

『最近は夜9時までに帰ってるよ。』

早寝早起きの国光は夜11時に寝るから、あたしは晩ごはんとお風呂を済ませたら早く電話をする。
都合が合わない時はメッセージでやりとりしている。
だから、あたしたちはお互いの日々の行動を殆ど把握しているんだ。
というより、あたしが予定を詰め過ぎていないかを国光が日々チェックしている。

「帰宅してから勉強していたんだろう。」

『この前までは寝る前にゲームしてたもん。

それが勉強に変わっただけ。』

「それでも心配だ。」

『相変わらず心配性。』

口を尖らせながらも国光の手に自分のそれを重ねた。
目を閉じると、その温もりがあたしの身体の不調を癒してくれる気がする。
最近の国光は毎日のように心配だと連呼するから、心配性だと言い返す。
ふと目を開けると、目と鼻の先に国光の端整な顔があった。
思わず跳び上がり、椅子ごとひっくり返るかと思った。
顔が熱くて仕方ない。
あたしの大袈裟な反応に驚いたのか、国光も目を見開いた。

『びっくりした…。』

「…今のは誘っていると解釈したんだが…。」

『違うよ…!』

改めて椅子に座り直し、国光に向き合い直した。
折角キスしてくれそうだったのに、勿体ない事をしてしまった。
もう一度してくれないかと控えめに顔色を窺うと、真っ直ぐに見つめられた。

「向こうでは無理をするな。」

『うん、ちゃんと連絡する。』

「それと…負けるな。」

『ありがとう。

国光も左肩には気を付けて。』

「ああ。」

国光に手を握られ、お互いにおでこを触れ合わせた。
明日から1週間以上も逢えなくなる。
二人きりで逢う時間は貴重だ。
今日も生徒会監督の先生に如何しても終わらせたい仕事があると嘘をつき、此処を開けて貰った。
たとえ国光と二人きりになれなくても、学校で姿を見かけるだけで嬉しかった。
明日からは大好きなこの姿を見られなくなる。

『…ん。』

唇を重ねられると、目を閉じた。
一度離れたかと思うと、角度を変えたキスが降ってきた。
経験した事のないキスに胸の高鳴りが止まらない。
国光は唇同士が触れ合いそうな距離で言った。

「お前が帰国したら、また二人で出掛けよう。」

『次こそ水族館ね。』

「約束する。」

その時は大会初の3連覇を成し遂げたテニスプレーヤーとして、胸を張って国光と逢いたいな。
握り合う手に力を入れると、最後にもう一度だけキスをした。



2017.1.23




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