それは突然に-2

「何故電話を切った?」

雲がふわふわと浮かぶ翌日。
女子テニス部のコート近くまで足を運んだ国光が、腕を組みながら低い声で言った。
目の前で見下ろされていると、威圧感が半端ない。
冷や汗が滝のようだ。
観月さんの時よりも更に滝の水量が多い。

『ね…寝惚けけてたの。』

しまった、噛んだ。

「嘘を言うな。」

現在、お互いに部活の朝練前。
コートでネットを張っていたあたしは、女子テニス部のコート脇に出現した国光に目が点になった。
体調不良を如何説明したらいいか分からなくて、朝起きた時に「おはよう、清々しい朝だねー」なんて間抜けなメッセージを送ってしまった。
そして今、コートにいる部員たちに見えないように木の陰で話している。

『本当に寝惚けてたの。』

「俺に嘘をつくのか?」

仮に今、本当の事を言うとする。
何を言われるだろうか。
部活を休め、病院に行け、国際大会を棄権しろ、などなど色々と浮かんでくる訳だけど。
部活を休んで病院に行くのは譲っても、棄権なんて絶対に嫌だ。

「愛。」

『…っ、何。』

「俺には言えない事なのか。」

国光の顔を見ると、胸が切なくなった。
言う?言わない?
昨日は家族にも気付かれなかったし、あの後は30分もしたら回復した。
今朝だってグラノーラをしっかり食べた。
あんな体調不良は気のせいだろうと思ってしまう。

「何を隠している?」

ぎゅうっと抱き着いてしまいたい。
でも、此処は学校だ。
もうすぐ朝練が始まってしまう。

『……待って。』

「何を?」

『ちゃんと話すから、少しだけ待って欲しいの。』

「どれだけ待てばいい?」

『2週間。』

国光の眉間に深々と皺が寄る。
ついに逆鱗に触れただろうか。
ドキドキしながら国光の言葉を待った。

「……分かった。」

『え?』

「お前が言う気になるまで待とう。」

『いいの…?』

「お前は頑固だからな。」

ポーカーフェイスは何処か心配そうに見える。
ただでさえ心配させている。
やっぱり体調不良だなんて言えない。
2週間と指定したのは、大会が終わってからにしようと思ったからだ。
棄権だけは絶対に嫌だ。
2週間だけ待って欲しい。

「その代わり、気が変われば何時でも言えばいい。

今でも構わないんだぞ。」

『言わないってば…!』

今聞きたいのは変わらないようだ。
ふいに頭を撫でられ、頬が染まるのを感じた。
国光は物思いに耽るかのように目を細めた。

「敬語を外せるようになったな。」

『うん、何とか。』

「下の名前にも慣れたな。」

『それは最近だけどね。』

あたしは微笑むと、この時間が朝練前だと思い出した。
ずっと二人で一緒にいられたらいいのに。

『そろそろ行かなきゃね。』

「ああ、行ってくる。」

『待って。』

「?」

一歩踏み出した国光に手を伸ばし、ジャージの襟の両側を掴んだ。
そのまま引き寄せ、背伸びをする。
ポーカーフェイスを崩して目を見開く国光に、ほんの短いキスをした。
怯ませる事に成功し、あたしは照れながらも毅然と微笑んだ。

「っ、見られたら如何するんだ。」

『さあ?』

「全く…。」

『じゃあ、部活行ってきます!』

国光からパッと離れ、踵を返した時。
片腕を取られ、引き留められた。
振り返ると、国光の顔が間近にあった。
反射的に目を閉じると、唇に優しい感触がした。
唇が離れても、国光の顔はまだ触れ合いそうな距離にあった。
至近距離で見つめ合うと、鼓動が聞こえてしまいそうだ。

『み、見られたら如何するの。』

「さあな。」

『…もう。』

次はお互いに引き寄せられるようにキスをした。
少しだけ長いキスだった。
唇を離すと、国光が穏やかに言った。

「今日も油断せずに行こう。」

『うん。』

国光から元気を貰った。
今日も頑張れる。
国際大会まで、後もう少しだ。



2017.1.23




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