鳩尾にラブレター-2

部活が終わり、ロッカー前で着替えながらも気が重い。
今日の部活はレギュラー陣で練習試合だったから、テニススイッチが入ったあたしは妙な事を考えずに済んだ。
テニスが終わった瞬間にこのテンションだ。

「愛ちゃん、疲れた?

練習試合だったもんね。」

『うん…色々と疲れたよ…。

桜乃ちゃんもお疲れ様。』

隣のロッカーでテニスウェアをバッグに入れる桜乃ちゃんは心配そうだ。
でも、実際に練習試合は簡単に勝ってしまった。
疲れているのはラブレターのせいだから、あたしは苦笑いした。
そろーっとスマホを覗くと、メッセージが残っていた。

―――――
正門で待っている。
―――――

正門だなんて、また目立つ場所を選んだものだ。
交際が学校中に知れ渡った今、国光は隠す気がなさ過ぎる。
着替え終わり、桜乃ちゃんと一緒に部室を出た。
正門まで歩くと、確かに国光が待っていた。
桜乃ちゃんは国光の姿に気付くと、一緒に帰る事を悟ってくれた。
そして、微笑ましそうな顔をして言った。

「じゃあ、また明日ね。」

『ありがとう、またね。』

桜乃ちゃんは国光に会釈してから帰っていった。
この門を通るのはあたしたちだけじゃない。
他の部員が続々と帰る中、国光が言った。

「行こうか。」

『うん。』

小走りで国光の隣に並ぶと、あたしの家への道を歩き始めた。
近所の大きな公園に行く予定だ。
国光と土曜日に話したあの公園だ。
街灯の灯りを頼りに住宅街を歩いていると、国光が静かに口を開いた。

「あの文章は何だ。」

『?』

―――今日、帰りに話せますか?

「今更敬語を使うのか。」

『あ……そ、そういえば敬語で送ったかも…。』

話し方がぎこちなくなってしまう。
交際前を思い出して懐かしくなる。
でも、今はそれどころじゃない。

「部活前に視線を逸らしただろう。」

『ごめんなさい…。』

「謝るよりも、理由を教えてくれ。」

国光の声は怒っていない。
あたしは黙り込み、如何話せばいいかを考えながら歩いた。
誰もいない公園に到着すると、白いペンキが塗られたあのベンチに肩が触れ合う距離で座った。
冷静になって考えてみよう。
もし仮に、国光があたし宛のラブレターを渡してきたとする。
あたしなら「ラブレターを書いた人と交際しろ」と遠回しに言われているような気持ちになると思う。
つまり、別れたいという些細な信号と捉えてしまうだろう。

『嫌過ぎる!!』

思い切って国光の右腕に両腕を絡め、ぎゅうっと引き寄せた。
国光は目を見開き、あたしを見下ろす。

「愛…?」

『ずっと一緒にいる!』

「落ち着け、今も一緒にいるだろう。」

俯きながらしがみ付くあたしの背中を撫で、国光は宥めてくれる。
国光の恋人として、隣にいるのはあたしだ。
華代にも考え過ぎないようにと言われた。
落ち着かなきゃいけないのに。
国光の肩におでこを押し付け、口が勝手に動いた。

『国光ってモテるの?』

「何を言い出すんだ、突然…。」

『モテるよね、そりゃそうよね……かっこいいし頭良いしテニス上手いし優しいし。』

「……。」

背中を撫でてくれていた手が不自然に止まった。
あたしはそれを合図に顔を上げ、国光の腕を解放した。
横に置いていたテニスバッグの外ポケットを開け、あのピンクのラブレターを取り出した。

『同じ学年の知らない女の子に体育館裏に呼び出されて……国光に渡して欲しいって言われたの。』

あたしがラブレターを差し出しても、国光はそれに視線を落としただけで受け取らない。
寧ろあたしの顔を見てくるけど、あたしは目を合わせられなかった。

「何故受け取った?」

『押し付けられちゃった…。』

鳩尾にドスッと…。
あの女の子に悪気はなかったとしても、結構痛かった。

『如何したらいいか分からなくて…。』

「そうか…すまないな。」

国光はそれをそっと受け取った。
知らない女の子からの手紙が自分を介して国光に渡るなんて。
テニスバッグを開けた国光は、それを持ち歩いている透明なファイルに入れた。
ハートのシールがあたしの目に入り、顔を背けた。
あの女の子がその手紙をどんな気持ちで書いたのか、考えたくない。

『その子は入学した時から国光が好きなんだって。』

「断るから安心しろ。」

『変な事言っていい?』

顔を背けたまま言うと、頬に手を添えられた。
そのまま顎を持ち上げられ、国光の目を見た。
久し振りに目が合った気がする。

「目を見て言え。」

まるでキスをする前の体勢だ。
あの勉強会以来、キスは一度もない。
こんな時に胸の高鳴りが止まらなくて、話し始めるのに時間を要した。

『想像しちゃったの。

もしあの子が生徒会に入ってたら、国光はあたしじゃな――っ!』

国光の唇で台詞を遮られた。
今までは一瞬触れるだけのキスだったのに、押し付けるようなキスだった。
あたしが目を閉じるのを忘れている内に、唇同士が離れた。

「ふざけた事を言うな……怒るぞ。」

『変な事言うって事前に言ったのに…。』

怒ると言っているのに、頬を撫でてくれる手はとても優しい。
国光の目を見て、本音を溢した。

『何時手紙の返事をするの?

国光が他の女の子と二人きりになるなんて嫌。』

「手紙に返事をする時間と場所を指定してあるかもしれないな。

返事は一瞬だ、心配しなくていい。」

ラブレターを貰い慣れている人間の台詞だ。
余計に哀しくなり、また頭痛がした。
お昼休みの屋上とか体育館裏とかに呼び出されるんだろうか。

『考え込み過ぎて頭痛が…。』

「心配するな。」

『じゃあ今よりちょっとだけ心配しないから、お願いを一つだけ聞いて下さい。』

「敬語。」

『き…聞いて?』

国光の肩に手を置き、少しだけ顔を寄せた。
積極的なあたしを見て、国光が目を見開く。

『もう一回…キ、スして欲しいな…なんて…。』

「っ、お前は…!」

珍しく動揺した国光の反応に首を傾げた時、頭の裏に手を回された。
グッと引き寄せられ、唇が重なった。
少しだけ長いキスが終わると、二人で微笑み合った。
彼とこの時間を過ごせるのが、一生涯あたしだけでありたい。



2017.1.16




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