恋の力-2
スマホを持ったまま寝落ちてしまったあたしは、ゆっくりと瞼を開けた。
薄桃色のカーテンの隙間から淡い光が注いでいる。
何時かと思い、持ったままだったスマホのボタンを押した。
『4時半……。』
疲れているのに、上手く眠れなかった。
晩ごはんを食べていないからお腹が空いた。
のそっと起き上がると、頭がずっしりと重く感じた。
隣の部屋のお姉ちゃんを起こさないように忍び足で廊下を歩き、リビングへ向かった。
歯磨きをしながら冷蔵庫を開けると、お味噌汁とキャベツ付きの豚カツがラップをして置いてあった。
これはあたしが使っているお皿だ。
『お母さん、ごめんね。』
準備してくれていたのに。
お味噌汁と豚カツを温め、冷凍していた白ご飯も温めた。
『いただきます。』
きちんと手を合わせ、ダイニングテーブルで独りもぐもぐと頬張る。
今週は夜遅くに帰っていたから、独りの食事が多かった。
裕太お兄ちゃんを含めた家族全員でごはんを食べていたのが懐かしい。
『ご馳走様でした。
お母さん、ありがとう。』
食器をテキパキと洗ってから部屋に戻ると、出掛ける準備をした。
今、親には逢いたくない。
掛け時計を見ると、5時半を過ぎている。
テニスバッグを肩に掛け、無言のまま家を出た。
バス停までの住宅街を一人で歩くと心細かった。
『よし、切り替えよう。』
一昨日まで普通に過ごせていたんだから、今日だって大丈夫だ。
両頬をペシッと叩き、前を向いた。
目指すはテニススクール!
力強く踏み出した時、遠くの住宅街の角からランニング中らしき人が現れた。
端整な顔立ちに知的な眼鏡をしているその人は、肩にフェイスタオルを掛け、ジャージ姿だ。
お互いに足を止め、目を見開いた。
あたしは自分のおでこに手を遣り、深く息を吐いた。
『好きな人の幻を見るくらい疲れてるのかな…。』
「愛!」
名前を呼ばれて顔を上げると、あっという間に抱き締められていた。
欲しかった温もりが此処にある。
幻じゃないんだ。
強く強く抱き締められ、涙が堰を切ったように溢れた。
『…っ、国光。』
自分でも驚く程、普通に呼ぶ事が出来た。
涙で顔がぐしゃぐしゃになる。
大好きな人が傍にいる安心感で、涙が止まらなかった。
国光は泣き虫なあたしをずっと抱き締めていてくれた。
一頻り泣いた後、あたしたちは近所の公園のベンチに並んで腰を下ろしていた。
触れ合う肩が温かい。
泣き腫らした顔は絶対に不細工だから、ひたすら俯く。
「心配でお前の家の近所まで走りに来た。」
国光は早朝のランニングが日課だ。
何時ものルートを変更してくれたんだ。
朝から国光に逢えたのは神様からのプレゼントだ。
『ありがとう…。』
「何があった?」
『んー、何処から話そうかな…。』
始めにあの意味不明なメッセージの意味を伝えなくちゃ。
あれは変な笑い方をする人に運命だとか言われた≠ニ言いたかった。
観月はじめさん、裕太お兄ちゃん、両親。
全て分かって欲しくて、其々の人物の話を事細かく説明した。
悩み事は人に話すと楽になると言うけど、本当にそうだと思う。
『話したらすっきりした。
如何してあんなに泣いたんだろう?』
「疲れているからだ。」
『そうかも。』
俯きながら苦笑した。
今のあたしには疲労困憊という言葉がよく似合う。
国光があたしの頬に手を添えると、優しく言った。
「今日は家に帰って休んだ方がいい。」
『え…。』
「明日は都大会の決勝戦だろう。
今日は少しでも疲れを取れ。」
何も言い返せなかった。
明日の都大会や来月の国際大会の為に練習しなきゃいけないとは思っている。
でも、最近のあたしは疲労が身体に現れている。
そろそろ身体を休ませてあげなきゃいけない。
『分かった。』
「素直だな。」
頬に添えられていた手が頭の後ろに回り、そっと引き寄せられた。
国光の肩口におでこをつけ、目を閉じた。
こうやって凭れるのも好きだ。
だから余計に帰りは名残惜しかった。
心が弱っていたけど、国光と一緒なら強くなれる。
恋の力って本当に凄い。
2017.1.5
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