やれば出来る筈の子

『数学なんて爆発したらいいんだ。』

愛は時折、不思議な単語を使用する。
本人と兄曰く、漫画やゲームを始め、インターネット用語やテレビのお笑いのネタを元にしているらしい。
俺には通用しない訳だが、聞いているだけで何故か飽きない。
テーブルに突っ伏してしまう愛を起こそうと、その肩を揺らした。
如何すれば愛のスイッチが入るだろうか。

「これが終わったら、ラリーでもしに行くか。」

『行きます!』

愛は素早くシャーペンを手に取り、猛烈に書き込み始めた。
単純だが、相変わらず綺麗な字だ。
書記に抜擢されただけはある。

先月からの交際は順調だと言っていい。
それに、愛の扱いに慣れてきた自分がいる。
二人きりになれる機会は少ないが、電話やメールなどの連絡は頻繁に取るようにしている。
兄の不二や親友の華代さんは、愛が色々と抱え込み易いと主張していた。
放っておくと独りで突っ走ってしまいそうな愛を、すぐ傍に置いておかなければ。

『うーん、出来た?』

愛は何故か疑問形で尋ねるかのように言った。
俺に差し出してきたノートを見ると、きちんと10問解けていた。
自分の赤ペンを取り、借りている教科書で採点すると、7問正解していた。
先程まで全く出来なかったというのに。

「お前はテニスの話になると…。」

『ちょっとは褒めて下さいよ。』

愛にノートを返すと、愛は間違えた問題を解き直し始めた。

「お前は点字もすぐ覚えたんだろう。

英語も話せる。」

『?』

手を止めて俺の顔を見る愛は美人だと思う。
俺には勿体無いのではないかと思う時もある。
初めて見た私服は白を基調とした柔らかな印象で、普段よりも大人に見える。

「勉強しないだけで、やれば出来る。」

『え。』

「だから勉強しろ。」

『嫌ですよ、時間が勿体無いです。

来月には国際大会もありますし。』

愛はテニスとゲームに消費する時間が多い。
勉強などほったらかしにしてきたと言っていた。
来月にはドイツでベルリン国際女子ジュニアトーナメントがあるとはいえ、勉強を疎かにし過ぎるのはよくない。
そんな愛をどのように説得するか、それは簡単だった。

「青学の高等部にエスカレーター式で入学する為には、ある程度の学力が必要だ。

俺と別の高校に行きたいのか?」

『絶対嫌です!

勉強します!』

やはり俺は愛の扱いにかなり慣れたようだ。
愛は再び問題に向き合った。
交際当初はこうして隣に座ってくれるようになるとは思わなかった。
以前のように俺の前で異常に吃ったり、生徒会室で最も遠くに座ったりはしなくなった。

『……あの。』

「如何した?」

『視線が痛いです。』

「す、すまない。」

無意識に見つめてしまっていたようだ。
教科書に視線を送ろうと思ったが、愛が俺の目をじっと見てきた。
お互いに黙ったまま見つめ合うと、愛の頬が赤くなった。
こういう時は如何したらいいのだろうか。
愛に右手を伸ばし、華奢な身体を引き寄せた。
繊細な愛が壊れてしまわないように、優しく。

『手塚先輩…?』

一度は身体を硬くした愛だが、俺に向き合って抱き着いてきた。
愛の頭を撫でてやると、小さく笑って言った。

『あったかい。』

「そうか。」

愛がふいに俺の顔を見た時、お互いの顔の近さに驚いた。
立っていると身長差があるが、こうして座っていると視線が近い。

『っ…近…!』

愛が咄嗟に身を引こうとしたが、愛の肩と腰に手を回す俺が離さない。
視線を思い切り逸らされるが、俺は逸らさない。
天真爛漫で表情がよく変わる愛だが、こういった表情を見せるのは俺に対してだけだ。
俯く愛の顔を覗き込み、その頬に手を添えた。
今後も沢山の表情を俺に見せて欲しい。

「愛。」

愛が成人するまでは節度ある交際を、などと日々考えている自分がいる。
しかし、この程度なら構わないだろう。
愛が顔を上げた時、その唇をほんの一瞬だけ奪った。



2016.12.11




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