逢って欲しい人

愛が妙な生徒から告白を受けた当日、兄の不二から電話があった。
その後を追うように愛からも電話があった。
その時、すぐに提案した。

―――もう隠すのはよそう。

今後一切愛をあのような目に遭わせない為にも、それが得策だった。
愛もそれを承諾したとはいえ、1週間が経過した今日も交際の噂は立っていない。
大石と乾は口が堅く、誰かに話した様子はない。
それに俺と愛が二人になれるような機会もなく、目撃される事もない。
お互いに忙しく、先の予定が分からないからだ。

「お先っス!」

男子テニス部の部室でレギュラー陣が着替えていると、桃城だけが逸早く帰宅準備を終えた。
菊丸が不思議そうに言った。

「あれ、桃早いじゃん。」

「ちょっくら用事が!

それじゃあお疲れっス!」

桃城はスマートフォンを手に持ったまま出て行った。
その画面にあった文字が、俺には不覚にも見えてしまった。
愛ちゃん≠フ文字だった。
愛と交際する前、愛と桃城が体育館裏で話していたのを聞いてしまった事があった。

―――愛ちゃんがいなかったら、もっと駄目になってたと思う。

―――皆の前であたしの呼び方は不二妹ですよ!

―――はいよー、不二妹!

二人が親密そうにしていたのを見て、俺の中に燻ったのは嫉妬だった。
俺は制服に着替え終わると、ロッカーに荷物を残したまま無言で部室を出た。
1年生が無事に片付けを終えたかを確認する振りをして、愛の姿を探した。
何処かで電話をしているかもしれない。

『また急ですね、でもいいですよ。』

愛の声は遠くからでも分かった。
木の陰に隠れながら電話をしている愛の背後に立つが、全く気付かれなかった。
俺に気付かない程に、嬉しそうに話している。

『分かりました、今から向かいますね。

それじゃあ!』

愛は通話を終えると、楽しそうに笑った。
スマートフォンを片付けようとする愛に、静かに言った。

「誰と逢うんだ?」

『?!!』

愛がスマートフォンを落としそうになった。
信じられないといった顔で振り返った愛は、今の今まで背後に立つ俺の存在に気付かなかったようだ。

『何時の間に…。』

「桃城だろう。」

愛が冷や汗を掻き、動揺し始めた。
如何やら図星のようだ。

『も、も、桃…?

何の話でしょうか…?』

惚けようとしているのを見ると、桃城との関係を俺に知られたくないらしい。
苛立ちが積もっていく。
気付けば鋭い話し方になっていた。

「以前、不二妹と呼ぶように言っているのを聞いた。」

『え?』

「桃城とは如何いった関係だ?」

愛は俯くと、黙り込んでしまった。
何も答えないつもりだろうか。
俺は腕を組んだまま、愛の言葉を待っていた。
最悪の事態を恐れている自分がいる。
静かに待っていると、愛の肩が震え始めた。

「…愛?」

俯いたままの愛は、どのような表情をしているのだろうか。
愛の両肩にゆっくりと手を置くと、愛がビクリと反応した。
それでも顔を上げない。

「愛。」

手を伸ばし、頬に触れてみる。
きめ細かな肌は滑らかで心地良い。
愛が俺の手に自分の手を重ね、緩く握ってきた。
そして、愛はやっと顔を上げた。
何かを決意したような表情をしていた。

『逢って欲しい人がいます。』





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