別れたくないのに-2
じっと顔を見つめても、国光は何も言わない。
外は綺麗に晴れているのに、病室は異様な空気に包まれている。
あたしは先に口を開いたけど、淡々とした声だった。
『あたしの事、見限った?』
「そんな訳がないだろう。」
『国光が苦しいなら見限ってもいいよ。』
「馬鹿を言うな。」
『馬鹿だから言うんだよ。』
「……ふざけるな。」
相当怒っている。
それを宥めるように国光のおでこに右手を当てた。
入学当初、書記に抜擢されたあたしに国光が生徒会室でやったみたいに。
『入院は12日間くらいで、テニスの試合は最低でも3ヶ月は禁止だって先生に言われた。
こんな事になるなんて…思ってなかったの。』
国光があたしの右手を取り、強く握った。
その温もりが生きている実感を与えてくれる。
『後悔してるよ。
隠さないで早く言ったらよかったって。』
体調よりも国際大会の3連覇を選んだあたしは単純馬鹿だ。
来月の関東大会に出場出来なくなるし、暫くは国際大会にもエントリー出来ない。
情けなくて、笑えてくる。
自分が国光の重荷としか思えなくて、申し訳なくて。
あたしは饒舌になり、舌がどんどん回った。
『初めて発作を経験した時、死ぬのかなって思った。
その時、もしあたしが死んだら国光は如何なるのかなって考えたの。』
「……。」
『前みたいに女の子から沢山ラブレターを貰うのかな、とか。
素敵な女の子を見つけるのかな、とか。
もう逢えなくなるのは辛いけど、国光が幸せならそれでもいいって思った。』
国光の眉間に深々と皺が寄る。
怒っているのは明らかだった。
それでも何も言い返してこないから、あたしは続けて言った。
『国光にはあたしみたいな人じゃなくて…もっと良い人がいるよ。
だからあたしの事が嫌になったら、なるべく早く教えて。』
「……その減らず口を閉じろ。」
『物凄く怒ってるね。』
「わざと怒らせているだろう。
お前が何を言ったところで、俺はお前を見限ったりはしない。」
『優しいね、病人だから?』
「違う、お前だからだ。」
如何してこんな素敵な人があたしの事を好きなんだろう。
お互いに顔を寄せ合い、唇が重なった。
そのまま右肩をそっと押され、されるがままにベッドの背凭れに背中を預けた。
そうしている間にもキスは続き、国光はあたしの顔の横に片手をついた。
まるで覆い被さられているみたいで、胸の高鳴りが止まらない。
唇が離れると、名残惜しくなった。
「怒らせて如何するつもりだ。」
『……。』
「別れようとでも言わせたいのか?」
『…っ…!』
別れよう
その言葉に心が震えた。
心の中が不安で溢れ、国光の頬に手を添えた。
もっと良い人がいるなんて言った癖に、あたしは首を何度も横に振った。
『……嫌、一緒にいたい。』
「それでいい。」
国光もあたしの頬に手を遣り、なぞるように撫でた。
その手付きが慈しむように優しくて、思わず目を閉じた。
すると、すかさず唇を塞がれた。
意表を突かれて目を見開くと、唇を離した国光と間近で視線が絡んだ。
「あまり頭を振るな、頭痛が来るぞ。」
『うん…。』
頬に添えられた手で頭を固定され、そのまま唇を合わせた。
何度も繰り返されるキスに溶かされてしまいそうだ。
キスの合間に国光が言った。
「俺がお前を選んだんだ。
お前がいれば、それで充分だ。」
ありがとう。
その言葉は長いキスが終わるまで言えなかった。
2017.2.6
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