素性-2

体力を限界直前まで削った小夜は、軽やかに森を進めなかった。
脚元が覚束ず、何度も転倒しそうになった。
腕に抱くイーブイだけは絶対に落としたくない。

『せめてポケモンにでも乗れたらいいのに。』

小夜が溜息を吐いたその時、大きな鳥ポケモンが頭上を優雅に移動しているのが見えた。
長く広げた翼、褐色の身体、長い嘴。
あのポケモンはオニドリルだ。
小夜はある事を思い付いた。
オニドリルに心の中で謝罪すると、脚元にあった小石を掴んでオニドリルに向かって投石した。


―――ゴンッ


小石は見事にオニドリルの頭に直撃し、痛々しいたんこぶを作った。
痛みで涙目になったオニドリルは雄々しく鳴き声を上げ、投石した張本人である小夜を睨み付けた。
小夜の予定通りの展開だ。
オニドリルが小夜に向かって空を斬って突進した時、小夜の瞳が青く光った。
その瞳を見たオニドリルの目は輝きを失った。
そして一転して大人しくなり、小夜の元へと降り立った。

『操るしかなかったの。

ごめんね、オニドリル。』

小夜は自分の意のままに操れるようになったオニドリルの背にイーブイを抱いたまま乗り、マサラタウンの方向へと飛んだ。

その日の夜。
小夜はオニドリルの背中で初めて月を見た。
下弦の月に雲がかかり、朧げに見える。
外の世界の美しさに感嘆の息を吐くと、次には思考を巡らせた。
マサラタウンといえば、バショウが以前教えてくれた事がある。
何とか博士とかいう有名な博士が住む街で、立派なポケモントレーナーを何人も輩出しているんだとか。

『確か、えっと、オキドキ博士だ。』

オーキド博士の名前を完全に間違えた。
有名な博士なら、ポケモンと人間の混血であるという自分の話を信じてくれるかもしれない。
だが折角研究員の記憶まで削除して自分の能力を知る者を減らしたし、この能力は誰にも語らない方が良いのかもしれない。
見た目は四歳児、中身は大人時々子供である小夜は、イーブイを撫でながらああだこうだと考えた。

『ミュウツーは今も眠ってるのかな…。』

ガラス管の中で眠っていたミュウツーを思い出した。
彼もまた、目覚めた際にはフジ博士に対して怒りを覚えるだろう。
実験体としか見てくる相手に対して、ミュウツーが如何出るのか。
小夜はあの研究所から逃げ出したが、ミュウツーも逃げ出すのだろうか。
ミュウツーと何時かまた話せる日が来るのだろうか。
疑問ばかりが湧いてくる。
ただバショウに逢いたいという答えの他に、結局何も結論は出なかった。


そして、事件は起きた。
オニドリルの背中で眠ってしまっていた小夜は、朝日の眩しさにゆっくりと目を開けた。
朝日など見た事がなかった小夜は、感銘を受けた。
温かな光が煌びやかに降り注いでいる。

『お日様はこんなに暖かいんだ。』

瞳を潤ませながら、外の世界へ出てきて良かったと心から思った、その時だった。
オニドリルの目に輝きが戻った。
意識が戻ったオニドリルは突然の背中の違和感に混乱した。
唸り声を上げると同時に、大きく旋回して小夜を振り落とした。
オニドリルの背中にしがみつく余裕などなく、小夜は真っ逆さまに落下した。

『きゃあああ!!』

小夜は傍で落下していたイーブイを咄嗟に胸に引き寄せた。
小夜の体力の消耗が原因でオニドリルを操り切れず、正気を取り戻してしまったのだ。
念力を使用する体力は睡眠を取っても戻らず、落下する身体を浮遊させようと試みても無駄だった。
高度は急激に下がっていく。
嗚呼、短い人生だった。
イーブイだけでも落下の衝撃から護ろうと、腕に抱いていたイーブイを全身で包み込むようにして抱き締めた。
もし最後に一つだけ願いが叶うのなら、もう一度だけバショウに逢いたい。




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