素性

『うぐ…。』

小夜はゆっくりと瞳を開いた。
紫水晶の瞳はまだ希望の光を宿している。
手元に温もりを感じてふと視線をやると、倒れているイーブイがいた。
その身体が呼吸によって上下しているのを確認すると、心からほっとした。
痛む全身に鞭を打ちながらも、ゆっくりと起き上がる。
辺りを見渡すと、木、木、木。
深い森にテレポートしてしまったようだ。
木々が過剰に成長して太陽光さえも遮断し、お陰で地表は薄暗くなっていた。

小夜は自分にテレポートの能力があるとは知らなかった。
ふとバショウを思い出す。
「逃げろ」と言ってくれた。
彼は小夜の味方だった。
もっと感謝の気持ちを伝えれば良かった。
今、如何しているのだろうか。
次は何時逢えるのだろうか。

小夜はイーブイに手を当て、瞳を閉じて集中した。
すると青い光が掌から放出された。
これは癒しの波導≠ニいう技で、ポケモンを回復させる技だ。
使用した経験のない能力の筈だが、小夜はその能力が潜在しているのを無意識に理解していた。
イーブイの傷がみるみる良くなっていくが、放出していた青い光は徐々に小さくなっていった。

『……駄目、体力がなさすぎる。』

身体は四歳児。
先程までシャドーボールを三度打ち、研究所にいた研究員全員から小夜に関する記憶を抹消した。
更には不意打ちのテレポートだ。
崖から落下した時は、がむしゃらに海に潜って泳いで逃げるつもりだった。
まさかこのような深い森にテレポートしてしまうとは。
運が良かったといえば良かったのかもしれない。

小夜は限界直前まで癒しの波導を放出してから、眠っているイーブイを両腕に抱いた。
イーブイは先程より呼吸が整い、傷も回復している。
これならもう命に別条はないだろう。

『うーん、此処は何処?』

信頼するバショウの名前を思わず呼びたくなった。
此処にバショウがいる筈がないのだ。
あの研究所から何処までテレポートしてしまったのか、バショウとどれ程距離が離れているのか、見当も付かない。
太陽が傾き始め、このままだと日が暮れてしまう。
自慢の気配感知があるも、現在の体力では上手く能力を発揮出来ない。
そして最も心配なのは体力の限界だった。
この森を無事抜けられるのか、全くもって疑問だ。


―――カサカサ


『!』

茂みから乾いた音がした。
小夜がその茂みを警戒しながら見つめていると、其処から顔を出したのは小さなオタチだった。
大きなしっぽを器用に使用して立ち上がるオタチは、小夜を見かけない顔だと不思議そうに見た。

『か、可愛い。』

警戒を解いた小夜は、脅かさないようにオタチにそっと近寄った。

『オタチさん、教えて欲しいの。

此処から一番近い街は何処?』

オタチは可愛らしく鳴くと、身振り手振りで必死に説明してくれた。
小夜はうんうんと何度も頷いた。

『マサラタウンね。

え、此処からそんなにかかるの?!』

小夜はポケモンの遺伝子を組み込まれている為、ポケモンとの会話が可能だ。
オタチ曰く、最も近い町はマサラタウンという閑静な街だ。
歩けば一週間以上を要するという。
小夜を絶望が襲う。
如何したものか、唸って考える。
人のいる街に出たい。
ワンピースもスニーカーもぼろぼろだし、イーブイをお風呂に入れてあげたい。
だがずっと研究所の外へ出た試しがなかった小夜には、行く宛もお金もない。
それでも途方に暮れている場合ではなかった。
親切なオタチに感謝を告げると、早々にマサラタウンへと出発した。




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