そして、さよなら-2

小夜は全力で駆けながら思考を巡らせた。
正面玄関は非常警告システムによって遮断されていると予想していい。
ならば壁を突き破って外へ出るしかない。
廊下の突き当たりが目前に見えた時、小夜は手に持っていた注射器を前方に投げた。
血液ごと注射器を消滅させる為、直後にシャドーボールを放った。
それは注射器に直撃し、そのまま壁をぶち破った。
小夜が瓦礫や煙と共に外へ出ると、目の前には広大な海が広がっていた。
初めての空、太陽、海、外の空気。
本でしか読んだ事のなかった世界が、紫の瞳に映された。
だが研究員たちが自分のポケモンを出して待ち構えているのも目に入った。
カイロス、ハッサム、メタグロス、エアームドなど、複数のポケモンたちが一斉に小夜を睨んでいる。
如何やら初めての外界との対面は感動的とは言えないようだ。
小夜は冷や汗を掻きながらも好戦的に微笑んだ。

「小夜。」

研究員の中の一人が小夜の名を呼んだ。
小夜が見慣れた端整な顔。
最も信頼を置いている人物。
バショウだった。

「小夜、諦めて下さい。」

小夜はバショウの顔を見ると、唇を噛んだ。
結局バショウも敵であり、小夜の味方は誰一人として存在しなかったのだ。
そうこうしている内に、小夜は研究員のポケモンたちに完全に取り囲まれてしまった。
小夜は周辺をよく見渡してみる。
背後には研究所の壁を崩壊した際の瓦礫が落下している。
研究員とそのポケモンの先には崖、その下は海だ。
島の周辺にはやはり何も見えず、付近に地上はない。
あの崖の高さから落下すれば、普通の人間なら死ぬだろう。
バショウは一歩前に出た。
その背後には、バショウが好んで使うイワークが小夜を威嚇している。

「逃がしはしません。」

小夜がバショウを見つめた時、バショウの口が小さく動いた。

逃 げ ろ

『!』

今のは見間違いだろうか。
バショウは何かを訴えるように、強く小夜を睨んだ。
見間違いではない。
小夜はバショウの目が語っているのを明瞭に感じ取った。
暫しバショウと見つめ合うと、小夜は瞳を閉じた。
腕には傷だらけのイーブイが意識を失っている。

信じよう、彼を。

小夜は片手を高く上げて掌を空に向け、其処にシャドーボールを造り出した。

「放たせません!

行きなさい!」

バショウの台詞を合図に、小夜を囲んでいた全てのポケモンが小夜に襲い掛かった。
小夜はカッと瞳を見開き、シャドーボールを自分の脚元に叩き付けた。
脚元の瓦礫が宙を飛び、粉塵が激しく舞い上がった。
視界が不明瞭になったが、海に囲まれているこの島に逃げ場はない。

「エアームド、吹き飛ばしだ!」

一人の研究員が命令した途端、粉塵が吹き飛んだ。
焦燥の色を見せるバショウは左右を見渡した。

「小夜は…?!」

その時、バショウの上に人影が落ちた。
紛れもなく小夜の影だった。
小夜は砂埃を起こした隙に、ポケモンのように空高く跳んでいた。
バショウは人知れず口角を上げた。
この時、ポケモンに何かしらの技を命令すれば小夜を捕獲出来たかもしれない。
だが、敢えて何も言わなかった。

「身体能力も、普通の人間の比ではないようですね。」

実際にバショウが逃げろと言ったのは事実であり、小夜の気のせいではなかった。
四年間も共に生活している内に、小夜に対して愛情が湧いたのはバショウ自身が強く実感していた。
フジ博士からの命令で、世話をするという肩書で小夜を監視するように言われてきた。
血液採取を命令された際は躊躇して実行出来ず、更には逃げろと口走ってしまった。
小夜と過ごした日々が走馬灯のように脳裏を過る。
大切に思う幼子の言動は大人びていて、外見とは程遠く噛み合っていなかった。

「……私も落ちぶれたものです。」

バショウが再度掠れるように呟いた、その時。


―――ありがとう。


小夜の穏やかな声がバショウの心の中に反響した。
バショウは目を見開いた。

これは……テレパシー?

バショウの頭上から小夜の影が消えた。
バショウがはっとして後方を振り向くと、崖から落下しようと踏み出した小夜が見えた。
両腕にイーブイを抱きながらバショウに微笑み、その瞳は青い光を纏っていた。
波が島に打ち付けられている音が聴こえる。
此処から落下すれば、幾ら小夜といえど助かるとは考え難い。

「小夜!!」

バショウは思わず叫んでいた。
崖に落下しそうになる限界まで駆け寄り、その下を覗き込んだ。
だが小夜の姿はもう其処にはなかった。
バショウが無言で崖の下を見つめていると、研究員やそのポケモンたちが一斉に倒れた。
小夜の能力によるものだろう。
バショウだけは身体に異常がない。
小夜が一体研究員に何をしたのか、バショウには予測がついていた。
もしその予測が正解だとすれば、立ち尽くしている場合ではない。
バショウにはするべき事があった。
倒れている自分のポケモンをボールに戻し、研究所の中へと駆け出した。
自分は小夜の事をよく知っているようで、まるで知らなかったようだ。
テレパシーが使える事、そしてシャドーボールも。
願わくば、助かっていますように。



2013.1.14




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