そして、さよなら

小夜は自分の血液が納められている注射器を片手に、直感で廊下を走って進んでいた。
廊下は薄暗く、冷たい。
閉じられていた扉はカードを利用して解錠した。
カードリーダーに通しているそれは、先程にもフジ博士の胸ポケットから盗んだばかりの物だ。
バショウが普段胸ポケットからカードを出し入れしているのを見て、フジ博士も胸ポケットにそれを忍ばせているのではないかと思った。
探ってみると、予想は当たっていた。
小夜が淡々とした脚取りで角を曲がると、白衣を着用した複数の研究員と遭遇した。

「お前は小夜?!

何をして……っ。」

研究員は最後まで台詞を発する事なく、全員が床に倒れた。
小夜はフジ博士の部屋を出てから、遭遇した研究員をこのように全員気絶させてきた。
外へ出る邪魔はさせない。

今まで自由になろうとすれば可能だった。
此処の研究員たちの研究成果であるこの能力を使用し、全員を気絶させてカードを奪取し、外へ出ればよかったのだ。
だが小夜は実行に移せなかった。
カードを奪取するとすれば、最も身近なバショウから奪取する事になっただろう。
バショウは小夜が生まれた時から一緒にいた人物だ。
バショウに誰よりも信頼を置いていた小夜には迷いがあった。
幾ら上層部からの命令とはいえ、四年間も世話をし続けてくれた唯一の心の拠り所を裏切り、外へ出る決意をするのは容易ではなかった。
今も躊躇がないと言うと嘘になる。
バショウとミュウツーの顔が小夜の脳裏を過る。
それを振り払うようにして、冷たく薄暗い廊下を進んだ。

一つの角に差し掛かった時だった。
扉が開いているのか、曲がり角の先にある一室から研究員の会話がはっきりと聴こえた。
小夜は身を潜めて耳を澄ませた。

「もう基盤となる遺伝子は毛から取り出した。

このイーブイを如何する?」

「様々な進化の可能性を持つ遺伝子が手に入れば用なしだ。」

「高電圧を浴びせて細胞の動きを見ます。」

イーブイの鳴き声がする。
鳴き声というより、悲鳴だった。
イーブイの声は研究員よりも大分小さく、篭ったように聴こえた。
何かの中に閉じ込められているのかもしれない。
小夜は眉を寄せ、自分にしか聞き取れない程の掠れた声で呟いた。

『高電圧…?』

この研究員たちはイーブイを実験体としか見ていない。
助けなければ。
これ以上、あの三匹のように尊い命を犠牲にしてはいけない。
三匹の涙が小夜の心に浮かんだ。
小夜が駆け出した時、電圧の轟音とイーブイの悲痛な叫びが響いた。
研究室に駆け込んで真っ先に視界に入ってきたのは、電気に照らされた薄暗い研究室と三人の研究員だった。
一人の研究員はガラス管に閉じ込めているイーブイに電圧を浴びせる装置を操作している。
他の二人は採取したイーブイの毛を試験管に入れている最中だった。
研究員は小夜を見るや否や、目を大きく見開いた。

「お前何故…!

此処にいる筈は…!」

小夜の怒りは最高潮に達した。
自分でもコントロール出来ない風圧が小夜から無意識にほとばしった。
研究員はその勢いに思わず顔を腕で覆った。
小夜の心は怒りで荒れ狂った。
だがこのままでは依然として電圧を掛けられているイーブイの命が危険だ。


―――ブーッ、ブーッ、非常事態発生…


非常事態の警告システムが作動し、研究所全体に鳴り響いた。
研究員の一人が咄嗟に緊急事態時のボタンを押したのだ。
小夜が再度瞳を青く光らせると、研究員は全員床に崩れ落ちた。
小夜は注射器を持っていないもう片方の掌に漆黒の球体を造り出すと、高電圧を発している機械に向かって放った。
シャドーボールだ。


―――ガシャーン!!


衝撃で故障した機械は作動しなくなり、機能を完全に停止した。
その間にも非常警告アラームは鳴動し続けている。
小夜はイーブイを閉じ込めているガラス管に、もう一度シャドーボールを放った。
そしてガラスが粉々になった瞬間、その破片がイーブイに傷をつけないように念力で吹き飛ばした。
倒れているイーブイを腕に抱き、その研究室から一目散に駆け出した。
まだイーブイは息をしている。
まだ生きている。
電圧によって傷だらけになったイーブイは、意識を失っていた。
小夜は哀しみで顔を歪ませた。

『絶対に助けるから!

死んじゃ駄目!』





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