心の中-4
ミュウツーが気付いた時、暗闇の中にいた。
私は誰だ。
此処は何処だ。
ふと気配を感じて後方を振り返った。
すると沢山の小さな光の粒子が何処からともなく現れ、やがて一つになって形を作っていく。
其処に現れたのは、暗闇に浮かぶ一人の幼子だった。
「お前は誰だ。」
気のせいだろうか。
私は以前このように人間と話した事があるような気がする。
いや、それはないだろう。
私にそのような記憶はない。
『私は、小夜。』
「何故此処にいる。」
『分からない。』
「分からない……だと?」
小夜は微笑んだ。
するとヒトカゲ、フシギダネ、そしてゼニガメが先程と同じように光と共に現れた。
研究室の培養液の中にいたポケモンだ。
ミュウツーはこの光景を何処かで見た気がした。
やはり気のせいではないのかもしれない。
自分の中の記憶を探るが、あるポケモンが飛び去っていく光景の記憶しかない。
大自然の中、尾の長い薄桃色のポケモンが山頂に雪のかかっている山に向かって飛び去る光景だ。
ミュウツーが忘れているのは、紛れもなくアイとの記憶だった。
小夜は現れた三匹を見て、この三匹もミュウツーと交信している事に気付いた。
三匹は楽しそうに戯れ合っている。
小夜は何もない暗闇の中、小夜を囲ってくるくると回ったりする三匹を見て頬を緩ませた。
この三匹も此処の研究所の人間によって造られた人造生命体だと思うと、胸が苦しくなった。
その時、真っ暗闇だった景色が一変した。
「此処は……。」
『私が住んでる部屋だね。』
如何して今この景色が此処に映ったのか、小夜にも分からなかった。
研究所の一室である小夜の部屋は、子供のおもちゃや絵本が散乱している。
小夜の口は勝手に言葉を紡いだ。
『私は此処に閉じ込められてる。』
「何…?」
『君たちは自由に生きて。
この研究所にいては駄目。』
私のようになっては駄目。
「お前は何を言っている?」
『人間の道具になっては駄目。
君たちは生きて。』
小夜が訴えるように話していると、突然三匹の身体が同時に光の粒子に包まれ始めた。
それは消える前兆を示していた。
『これは…?
交信が途絶える?』
やはりミュウツーは嘗てこれを経験した気がした。
友達だった人間とポケモンが消えていく経験を。
だが、何時、何処で?
交信が途絶えるという事が何を意味しているのか、小夜は直感的に察した。
それは、死だ。
『駄目よ!
消えちゃ駄目!』
哀しく鳴く三匹の目に涙が浮かぶ。
三匹にとって、ほんの束の間でも小夜やミュウツーに逢えた事は幸せだったのだろう。
その表情は苦しげでありながらも微笑んでいた。
小夜は消えようとする三匹を抱き締めようとしたが、それは叶わなかった。
三匹は涙だけを残してすっと消えてしまった。
小さな涙の雫が小夜の頬に触れた。
温かい涙だった。
『そ、んな…。』
人間の身勝手の為にこの世に生まれ、そして儚く消えてしまった。
あの三匹は何の為に生まれてきたのだろうか。
生まれた事に意味はあったのだろうか。
「お前も消えていくのか。」
『お前、も?』
小夜がはっとして自分の身体を見ると、それはもう透け始めていた。
もうすぐ交信が途絶えてしまう。
だが、小夜は生きている。
何故三匹だけではなく小夜の身体まで消えるのか。
研究室にある自分の肉体が小夜の意識を呼んでいる。
でも駄目、まだ話したいの。
ミュウツーは悲痛な表情で見つめてくる。
小夜はまだ充分にミュウツーと話せていなかった。
お互いが人に造られた生き物である事も、仲間だという事も。
小夜はミュウツーに触れようと腕を伸ばした。
ミュウツーも消えていく目の前の存在に触れようと、無意識に手を伸ばした。
アイとの記憶は消えてしまったが、残された哀しみはミュウツーの中に残っていた。
『ミュウツー!』
小夜の腕はミュウツーに届く事は叶わず、小夜の身体は完全に消えてしまった。
そしてまた、ミュウツーは孤独になった。
何処へ行ったのだろうか。
私は何故此処にいる?
何故、小夜と出逢った?
出逢う事に何か理由があったのか?
何故、小夜は私の名前を呼んでいた?
分からない。
何もかも、分からない。
アイと交信した当時のミュウツーは幼く、別れの際には涙を流した。
だがあれから四年、あの時のように涙は出なかった。
アイがミュウツーに送った言葉もミュウツーの記憶には残っていなかった。
―――生きているって、ね、きっと楽しい事なんだから。
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