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「僕相手には遠慮せずかかってきてくれていいよ」


悠仁に会いに来た名前に、悠仁なら今川崎の映画館で発見された高校生三名の変死体の調査に脱サラ(一級)呪術師の七海と向かってるからいないよと返した五条。

そしてせっかくなら僕と修行しようかと提案した事で、今に至る。


「真希達から聞いたよ。目覚しい成長ぶりみたいじゃない」

「…まだまだ、です」

「相変わらず謙虚ねー。まぁ、術式での修行は真希達にはちょっと荷が重いだろうからさ。そこは僕が付き合う事にしてたから、ちょうど良かったよ」


そう言って五条が差し出したのは血液パックで、既に中身の入ってる血液に誰の血液かと首を傾げる名前。


「これは名前ちゃんの血だよ?」

「!?」


あっけらかんと答える五条に、名前はびっくりして後ずさってしまった。


「あははっ。ごめんね、名前が貧血で倒れた時、輸血と同時硝子に名前の血を抜いてパックに詰めてもらうよう頼んでたんだ」


さらりと続ける五条だったが、その内容はとんでもないものだった。

なんせその内容というのは貧血で倒れてる相手に輸血する傍ら、更にまた巡回している血液を採取させた、という事であるのだ。
硝子の腕の良さ故か、全くもって気が付かなかったが。


「まあ、硝子にも散々鬼畜呼ばわりされたけどね。修行の為には必要だったからさ」


ごめんねーと謝る五条の手には3パックもの血液パックがあり、そんな中でよく今自分が生きていられているものだと逆に感心する名前。


「赤血操術はその名前の通り使用者の血液を操って使う術式の事なんだけど、攻撃の度に自分の体から流れ出る血液を使い続けていたら、この間の名前ちゃんみたく貧血で倒れちゃうんだ。だからそうならないよう、この術式を使う呪師達は予め採ってある自分の血液を使って戦ってるってワケ」


ハイ、と言って差し出される(自分の)血液パックを受け取った名前は、そういう事かと頷いた。


「ちなみに京都校にも赤血操術を使う子がいるよ。黙ってたとしても当日になればわかる事だから教えるけど、その子の名前は加茂憲紀」

「…!?」


驚愕と憎しみ。

その二つの色を瞳に浮かべる名前に五条は、漢字は違うけどねと言った。


「赤血操術は加茂家に伝わる術式だから、」


つまりはそういう事だよと続ける五条に、名前は視線をうつ向けた。

出来ればその彼とは戦いたくないけれど、場合によってはそれもやむを得ないかもしれなくて。


「京都校だしそんなに会う事もない相手だろうけど、赤血操術を使うのが嫌なら村正とか、式神使うのもアリじゃない?」

「…え!?」


式神を使ってもいいの…!?と名前が驚くと、五条はもちろんいいよーと笑った。


「ただし、交流会で使うには僕との修行で合格が出てからだよ。京都校の相手は祓う相手ではないからね。
だけどそれ以外の、僕達が助けに駆けつけられないような状況の中で身の危険を感じた時には躊躇しなくていい。自分の身を護る為、最大限に力を発揮するんだ。でも名前の式神は消費する呪力量が高いから、くれぐれも“出しすぎ”には気をつけること!それと少年院の時の命令はね、あれはもう今後無視しちゃっていいから」

「無視…?」


五条の言う少年院の時の命令とは恐らく、式神を使うなと言っていた事についてだろう。


「そ。無視。自己保身に突っ走るだけが脳の上層部の奴らの意見なんか、気にしなくていいよ」


五条のその言い方が面白くて、名前はクスクスと笑った。

口元に当てた手の隙間から白い歯を見せて笑う名前を見て、五条は可愛いねと名前の頭を撫でる。


「名前の決意はこの間聞いたから知ってるし、力をコントロールして戦えるようになりたいって想いも分かってる。でも」

「…五条先生…?」


優しく引き寄せられ、30センチ以上も身長差のある五条を見上げる名前。


「呪術師としても女の子としても、辛くなったら真っ先に言いなよ。その時は全力で僕が救ってあげる。名前が望むなら、誰にも触れさせないようにするよ」


五条の望む世界。

名前は間違いなくそこに入るだけでなく、十分な修行と戦闘経験を積めば、日本に4人しかいないとされている特級呪術師の5人目の仲間入りも果たす事だろう。

それどころか、自分と並ぶ現代呪術師「最強」の座につく事も十分に考えられる。


── そもそも今の時点で150年以上も生きてるわけだし、“現代”の枠にすら収まらない最強になるかもしれないけどね。


理想としては僕を『追い抜いて』くれる事だけどとも思うが、先程硝子が思っていた程五条は名前にそれを望んでいなかった。

何故なら五条と名前の絶対的な差。それは…


「名前は女の子だからね。弱音吐いて逃げたくなった時には、僕が必ず護ってあげる」


囲ってあげると言いそうになる本音を隠して、五条は名前の背を撫でた。

先程硝子に言った『タイプ一直線』というのはそのままの意味で割と本気だった。


「心強い、です」


五条を見上げ、ふわっと笑ってそう答える名前。

その時までは彼女の背を押す側に回ってあげようと決めた五条は、修行の続きを再開させたのだった。


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