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「恵とね、野薔薇に…話さなきゃいけない事があるの」


何故だか興奮冷めやぬといった状態の真希から恵と野薔薇が一旦名前を引き離して部屋へと連れ戻った所、名前は二人の服裾を掴んで弱々しくそう言った。


「引かれるっ、かも…しれないん、だけど…」


名前の潤んだ瞳は怖がるように揺れていて。
引き結ばれた唇は震えていて。


「(待って待ってちょっと可愛い。ヤバいどうしよう可愛い。食べちゃいたい)」


その名前の姿を見て、名前とは違った意味で震え(悶え)始める野薔薇を危険だと判断した恵は、一旦名前の涙を拭ってベットに腰掛けさせた。


「オイ伏黒!!何気安く名前に触ってんだよ」

「これも地雷なのかよ」


いまいち扱いに困る野薔薇に恵が呆れていると、野薔薇は名前を挟んで恵とは反対側に腰掛けた。


「私と伏黒が引く?それだけは絶対にないから安心して。約束する」


野薔薇がそう言って名前を抱き締めると、名前は縋るように野薔薇の背を抱き締め返した。

男勝りな性格の野薔薇ではあるが、名前に対しては友達というよりも姉のような(シスコン的な)優しさが窺える。

野薔薇と恵の優しさに触れてか、名前は覚悟を決めたようだった。


「…私、ね」


ポツリ、ポツリと。

時折二人が耳を疑うような話も挟みつつ五条と悠仁にも話した自分の生い立ちの全てを話し終えた名前は、今日一日泣き疲れたのもあり、野薔薇の腕の中で眠ってしまった。

眠りに落ちる前、再度また「引いてない…?」と怖がるように肩を震わせる名前に二人が引いてないし話してくれてありがとうと笑いかけると、安心したように綺麗な瞳を閉じたのだった。


「…引きはしないけど、驚きはしたわね」

「…あぁ」


加茂憲倫。

曲がりなりにも呪術界御三家の一つである禪院家の血を引く恵にとって、その名は知らない名ではなかった。


「史上最悪の呪術師…」

「え?」

「加茂憲倫の事だ。ヤツは御三家の汚点と言われてる」


田舎から出てきたという野薔薇は知らないのだろうが、呪胎九相図は呪術界ではかなり有名な話だった。

…だがそれも。名前が言うには実際には“九”ではなく、“十一”存在するのだという。控えめに言ったとしても、それは歴史がひっくり返る程の大事件だ。


「少年院での呪霊を倒した時、名前は“赤血操術”を使ったらしいと五条先生から聞いた。なんで名前が加茂家相伝の術式であるそれを使えるのかとは思ったが…」

「理由がハッキリしたわね」


野薔薇の言葉に頷いた恵は、その腕の中で目を閉じる名前をじっと見下ろした。

150年以上もの時を生き、けれども唯一の肉親である兄を失って急に放り出された『現代』は、果たして名前の目にどう映っているのか。

自分達は少しでも名前の力に、支えになれているのだろうか?

更にこれからは、亡くなった悠仁の分まで自分達が名前を支え、護ってやらなければいけないのだ。


「でも、ちゃんと話してくれて嬉しかったわ。だって私達を信頼して話してくれたって事でしょ?」


起こさないようにゆっくりと名前をベットに横たえ、布団をかけた野薔薇はそういって嬉しそうに口元を綻ばせた。


「だったら絶対に、何があったとしても私は全力で名前の事を守る」

「頼もしいな」

「はあ?アンタもでしょーが!!」

「…ってえ!!」


バシン!と背中を叩かれ、よろめく恵。


「たとえ何百年生きてようと、私たちより遥かに強かろうと。ついこの間兄から離れたばかりの名前からしたら、呪術界も現代も分からないことだらけ、不安だらけなのよ?」


それなのにこんな誰彼構わず話せるような内容じゃない話をしてくれたんだから、とことん支えてあげなきゃね!!と言い切る野薔薇を、恵は眩しそうに見つめたのだった。


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