「それにしても、」
ジョディとジェイムズが宿泊するホテルの一室にて。
名前が入手してきた捜査資料をひとしきり眺めた後、ジョディは肩をすくめて口を開いた。
「表に赤い丸印、裏にはそれぞれアルファベットと黒い縦線の書かれた麻雀牌なんて…ねぇ」
「ダイイングメッセージじゃなく、犯人が意図的に残しているメッセージ的な何かと考えるのが妥当だろうな」
ジョディと赤井の言葉に続き、名前も眉を潜めてプリントアウトされた麻雀牌のアルファベット文字に視線を移した。
「Aが二つとE、H、Zそれと逆さまのL、か。何かのアナグラムにしても意味が通じないし…って、これってもしかして麻雀のルールに関係があったりするとか?」
麻雀とかそもそもルール自体わからないんだけど、そんなに楽しいやつなの?と赤井を見上げれば、赤井は名前の頭をくしゃりと撫でてお前は知らなくていいと返した。
赤井と名前のそのやり取りを見つつ、否定するように首を横に振るジェイムズ。
「こちらが独自に調べた調査によると、被害者の6人とも麻雀はしないようだ。よって残されていた牌は被害者達と麻雀を関連付けるものではなく、犯人が意図的に何かを伝える為に選んだという赤井君の意見に私は賛成だよ」
ジェイムズのその言葉もあり、恐らくこれは麻雀を知らなくても読み解ける謎なのであろうという事になった。
だけども麻雀を抜きにしたとしても一体どんな意味が…と首を捻る名前。
「その他に関係してるとしたら後は、被害者が殺害されていた場所…とか?上から言われた任務はメモリーカードの回収だけど、そもそも犯人の思惑が分からない限りは人物の特定も出来そうにないよなあ」
犯人がわからない以上メモリーカードの行方も分からない為、現状打つ手は何も無いと言ってよかった。
「…あ。ちょっと俺電話してくるね!」
だが何かを閃いたような顔で手を打った名前は、三人の返答を待たずに携帯を持つと部屋の奥へと駆けた。
そして手にした携帯の連絡先から『江戸川 コナン』の名をタップし、コールする事数回。
『もしもし』
「あ、コナン?やっほー!」
『名前か!ポアロぶりじゃねーか。んで、一体何の用だよ?』
「んー用っていうか、今巷で起きてる“広域連続殺人”についてコナンなら何か知ってたりしないかなーって」
名前からすればつい先ほど(の捜査会議で)コナンと会っている為、コナンの言う『ポアロ』でのところはスルーした。
あくまでも事件についての話題にのみ焦点を当てて問い掛ければ、
『今回の件。FBIの方でも調べてんのかよ?』
「ん?あー、いや別に調べるってほどでもないんだけどね」
『FBIが絡むような被害者でもいるのか?』
逆に鋭く切り込んで来たコナンのその質問に、名前はどう返したもんかと暫し沈黙。
だがメモリーカードの件をコナンに話すわけにはいかない為、ここは適当に返す他ないと思った。
「実はその事件の被害者の一人にFBIが追ってる別の捜査の容疑者と思われる人物がいてさ。あ、誰かは教えられないよ!捜査の情報漏洩になっちゃうからさー。で、こっちでも少し調べさせてもらってるとこなんだけど、そいつが持ってたはずの物がどうやら持ち去られてるっぽい事が判明したんだよね」
内容こそデタラメだが、捜査会議に潜入した際名前はそれぞれの被害者の持ち物から『一つずつ紛失している物がある』という情報を掴んでいる。
被疑者が持ち去ったと思われるそれは殺害者の人数分持ち去られているから、それを“誰”の“どの遺失物”かを立場上言えないという事にすれば、コナンもそれ以上深くは追求してこれないだろうと踏んだ上での賭けだった。
『なるほどな。おっちゃんがこの事件の捜査要請を受けたから、オレも今朝それの合同捜査会議に連れてってもらったんだけど、実はそこで─── 』
名前の狙い通りに話を信じてくれたコナンがその後に続けた話は、名前自身にも覚えがあるものだった。
それは変装したベルモットがボスに送るメールアドレスを打ち込んでいる音を山村が耳にし、コナンと一緒になってハッとなったあの件の事で。
『……っつーわけだから、今回の事件に黒ずくめの奴らが絡んでる可能性は限りなく高い。だからくれぐれも変装1の変装には気をつけろよ』
「ん、了解」
コナンのその助言は有難いのだが、残念ながらその警告は意味を成さない。
何故なら名前はその変装のせいで先日までジンに捕まってしまっていたからだ。
『オレは今から博士の車で殺害現場となった場所に行ってくるから、何か分かり次第連絡してやるよ』
心強い彼のその言葉に再度礼を言った名前は、終了ボタンに手をかけてコナンとの通話を切った。
そして赤井達がいるところに戻ってみると────
「? どうかしたのか?」
出掛ける準備をする赤井とジョディを見て、名前は不思議そうに首を傾げた。
名前のその問いに答えを返したのは横にいたジェイムズで。
「つい今し方連絡が入ってね。どうやら被疑者と思われる男が米花町に現れるかもしれないという事と、“新堂すみれ”という人物が事件に関わっているかもしれないとの事だから、二人にはこれからそれぞれの所に向かってもらうんだよ」
「え!!それなら俺も行く!!捜査会議に、」
出ていたこの変装でなら現場にいたとしても何らおかしくないし!と続けようとした名前だったが、次の瞬間ハッとなって口を噤んだ。
─── やっば!そういえば捜査会議が終わってトイレに行った後、俺出てすぐ黒ずくめの仲間と思われる誰かに襲われたんだった…!!
名前は不自然に切れた言葉を怪しまれないよう、思案するフリをしてジェイムズの方を見た。
「ちなみにその被疑者候補と“新堂すみれ”については、日本の警察達も何か情報を掴んで動いてる感じなんですか?」
「被疑者については掴んでいるようだ。被疑者と思われる男の恋人をマークしている刑事がいて、彼女が米花駅で降りたところから刑事達の数も一気に増えてきたそうだからね。…だがおそらく、新堂すみれの方はまだだろう」
まだ、という事はどうやらFBIの方が日本の警察の捜査よりも一歩上を行っているという事なのだろう。
「じゃあ俺はそっちの、“新堂すみれ”の方を当たってみます!!刑事のこの格好だと警戒されるかもしれないから、念のため変装もまた変えて行きますので」
うん、これなら問題ないよね!と名前が我ながらいい考えじゃないかと自分の発言に満足していると、
「うわっ!」
突如として赤井に手を掴まれ、寝室に放り込まれた。
「ちょ、ちょっと何すんのシュウ!!」
更にはパタンと閉じられた扉に名前が呆然としていると、赤井の手がスッと顎にかけられ、強制的に目線を合わせられた。
「何を隠している?」
「…え?」
合わせられた赤井の強い視線に驚いて咄嗟に身を捩ろうとするも、もう片方の手が腰に回されてきてグッと引き寄せられた。
「俺がお前の変化を見逃すとでも?」
「め、目が笑ってない、よ…シュウ」
「お前は逆に目が泳いでいるな」
うっ、と唸ってしまってからしまったとも思うが、もとよりこの男相手に隠し立てなど出来ようはずもなくて。
「言え」
「…ひっ!」
耳を噛まれ、反射的に声が出てしまった。
慌てて口を塞ぎ、抗議の眼差しを向けるも逆に鋭い眼光が返ってくる始末で。
「待って!耳、はっ…駄目!!」
「潜入捜査で一体何があった?」
吐息と共に囁かれるように耳元でそう言われ、更には裏側をツーっとなぞられる。
「だ、めだってっ……向こうにはジェイムズ達が…」
「だからこそ早く口を割った方が賢明じゃないかと思うんだが」
「だって心配させたく……!!」
名前がそう言って涙目で首を振った瞬間赤井の顔がすぐ近くまで寄せられて、けれども寄せられたその顔は悲痛に歪んでいた。
だからそれを見た名前も反射的に息を止めてしまう。
「お前はそうやっていつもいつも…!!何故俺達を頼らない?」
護りたいのに。傍で笑っていて欲しいのに、と。
「一人で抱え込むな!!」
護られるべきはずのFBIから実は利用されていて、それどころか誓約書まで書かされていただなんて、と。
「知らなかっただなんて…最低な言い訳だろう?」
そう言って唇を噛み締める赤井の頬を、名前は自然な動作で包み込んでいた。
「そんな顔しないでシュウ…俺だって分かってるんだ。シュウも、そしてジェイムズやジョディ、それ以外にも俺を護ってくれる人達がFBIの中には沢山いて、それで今の俺がこうして存在してられてるんだって事。
確かに上が提示した条件だったり誓約書は酷いかもしれないけど、でもそれがなかったら俺はきっとこうしてシュウ達に会うことも、満足に外に出る事も叶わなかったから」
それこそ陽の射さない暗い研究室の中で壊れていただけだよと呟いて。
「俺は俺から“普通の女の子”としての道を奪ったあいつらを絶対に許す事が出来ないし、許すべきではないと思ってる。だから何がなんでもあいつらを捕まえるつもりだし、危険だって十分に承知してる!!…大丈夫。あいつらが今のとこ俺を殺したりすることはないし、たまにちょっと…酷いことするくらいなもんだから」
それがちょっとじゃない事くらい、赤井にだって分かる。それを裏付けるように名前の体にはジンによって酷く扱われた痕跡がいくつも残されていたのだから。
だが、名前は赤井が言わんとしていることを理解しているかのように強い視線を返した。
「本当に辛くなったら、その時はもちろんちゃんと言うよ。一番にシュウを頼る」
そう言って赤井の頬を包んでいた手を下ろし、今度は赤井の手を包み込んでフッと笑む名前。
「だから、それまで。俺にもシュウ達を護らせてよ」
─── …護られるだけなんて柄じゃないんだ。だって俺はFBIとしてその身を、黒ずくめの奴らを捕らえる為に駒となりずっとずっと訓練を重ねてきたが故に、“普通の女の子”にはなれなかったから。だから、
「俺を護ってくれるシュウ達を、俺にだって護らせてほしいんだ。そして黒ずくめのやつらを捕まえる事が出来たら、その時には俺もちゃんと『女の子』になってシュウと─── 」
名前が言い終わるよりも早く、名前の言いたい事を理解した赤井の唇がその先を奪って深く口付けた。
「ん…!シュ、ウ」
「約束しろ。奴らを捕まえたその後は、俺にだけ護られると」
唇を離した赤井の瞳が真っ直ぐに名前を見つめ、真剣な口調でそう言った。
それに一瞬驚いたように目を見開く名前だったが、
「…うん!!」
嬉しそうに破顔して。愛しい男の、その胸に。
「ありがとな、シュウ」
─── 今はこんなセリフでしか、短い言葉でしか伝えられないけれど。組織の奴らを捕まえる事が出来たら、その時にはきっと…
名前がそう思って瞳を閉じたら、まるで名前のその想いも全て分かっているというように、赤井の手が優しく名前を包み込んだのだった。
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