「何かあったら必ず連絡しろ」
「分かってるって。…ありがとな、シュウ」
名前が赤井達三人にFBIとの誓約の話をしてから早くも3日が過ぎ、その日はあっけなくやってきた。潜入捜査当日。
赤井の愛車であるシボレーは組織に知られている為、名前は赤井の運転する別の車から降りて捜査会議先のビルへと歩いて行った。
その途中でジェイムズ達が乗る車ともすれ違った為、目だけで行ってきますとの挨拶を済ませる名前。
その姿を見て…
赤井は思わず強く唇を噛み締めていた。
ジェイムズから潜入捜査の話を聞いた時。それは自分達がやれば名前に負担をかける事もなく、名前にもう少し静養の時間を取らせてやれると思った。
だがまさかあんな、自分たちが所属するFBIが名前をそういった理由から利用しているのだと知った時─────
…正直分からなかったのだ。どうしていいのかが。
─── せっかく名前は俺に対してかなり心を許し、甘えてくれるようにもなったというのに。
だがその名前はずっと昔から一人で、誰にも言えないその悩みを秘めたまま…
名前を護る立場であるはずのFBIが逆にその名前を利用し、狙う側である組織を捕らえさせる駒の一つにしようとしているなど。
「そんな事が…そんな事が許されていいはずがないだろう!!!!」
─── そんな簡単に舌を噛み切るだなんて口にするな!壊れそうな心で強がるな!!
だが赤井には名前の覚悟を、背負っているものの大きさを。
どうやって担う事を手伝ってやればいいのかわからないのだった。
「まず初めに第6の事件を除く5件に共通しているのは、」
捜査会議が始まってすぐ。
名前は真ん中の列の一番窓際の席に座ると、捜査資料を見るフリをして注意深く会議室内を観察した。
きっとこの会議には名前たちFBIと同じように、組織からも誰かが変装して紛れてある可能性が高いのだ。ジェイムズからの話を聞く限り、その人物は間違いなく存在すると断定していい。
─── 組織から潜入捜査してくるとしたら間違いなくベルモット…だよな。ベルモットは俺と同じでかなりの変装技術の持ち主だし。
だとしたら男の体格として無理をするより、俺と同じ女としての変装をするはずだと思うんだけど…女の捜査員少な!!
名前は捜査状況のメモを取りつつ視線だけは鋭く会議室にいる面々の顔を盗み見ていた。
途中、コナンが身を寄せる毛利探偵事務所の主である毛利小五郎が根拠の無い推理を打ち立てていたのと、第6の被害者である竜崎が言い残したという「七夕…今日」というセリフが気になったが────
管理官の松本清長なる警視の一声で、捜査会議は無事お開きとなったのだった。
「麻雀牌、か」
麻雀には詳しくない名前だったが、組織の奴らが現場に証拠品となるものだったり、ましてやそんな謎めいたものなんてのを残すはずもないと判断して、今回は組織ではない者の手による犯行なのだろうと思った。
んー、というかそもそも一般人を装ったNOC(ノック)ってどれなんだろ。まずはその人物を特定しない事にはなぁと名前が被害者達の写真と睨めっこしつつ会議室を後にしたところで、
「かぁ〜らぁ〜すぅ〜なぜ鳴くの〜」
「?!!」
聞き覚えのあるそのメロディーに反応し、駆け出したのは名前だけではなかった。
「え!?コナ…!」
ンと思わず見知った少年の名を叫びそうになった名前は、寸でのところで踏みとどまって口を押えた。
─── あっぶな!!今の俺は“潜入捜査中”なんだった!
「?」
一瞬コナンが不思議そうな顔でこちらを見てきたが、すぐに先程のメロディーを口ずさんだ(確か山村 ミサオとかいう)人物に声をかけた。
「山村刑事!!その歌どこで、」
コナンが言いかけて、けれども山村が得意げにスッと警察手帳を掲げたのを見ると、半ば呆れたように「刑事」の部分を「警部」と言い変えて問い直した。
「山村警部。その歌って、」
「ん?あぁ、さっきトイレの外から聞こえてきたんだよ。ピッポッパッって音でね。トイレから出た時メガネの刑事さんがケータイかけてたから多分その…ってちょ!コ、コナン君?!」
山村が最後まで言い終わるのを待たず、コナンと名前は同時に走り出して窓の外を窺った。
「!!」
そしてそこにはもはや見慣れた…
ジンの車であるポルシェ356Aの姿があり、そしてその車は今まさに発車寸前という所だった。
─── …間違いない。山村が聞いたのは、ベルモットがボスに宛てたメールを打ったものだったんだ!!
そう確信して名前が発進するポルシェを見遣るも、その車の近くに停めている赤井達はそのジンの車を追跡する気がないらしく、追う様子はなかった。
なので名前も後を追うことはしない。
むしろ今、名前がコナンと同じようにそれを追って外に飛び出して行こうものなら、それこそ怪しまれる事間違いないだろう。
故に名前は偶然にも傍にいて目が合った松本と目暮に愛想笑いを返すと、自然な動作を装って近くの女子トイレへと入った。
「…気付かれてないよな、俺」
鏡でマジマジと自分の変装姿を確認して見るも、別段特におかしなところはないと見える。
それどころか我ながら今回も上出来だよな!などと呟きつつ、ついでだからとトイレも済ませて名前が女子トイレから出たその瞬間、
「んん!!!」
名前は何者かによって突然口を塞がれ、そのまま女子トイレを出てすぐの倉庫のような部屋に押し込まれてしまった。
「ん──── !!んんッ!!!」
窓もない倉庫の中は暗くて、いきなり放り込まれた真っ暗な視界の中では、口を塞ぐ相手の顔さえも判別することが出来なかった。
「ん─── ッ!ん──── ッ!!」
名前は自分の口を力強く塞ぐ手と相手の身体を手当たり次第に殴り付けるも、鍛えてあるらしい相手の体は名前がいくら暴れてもビクともしなかった。
「…はっ!さすがの俺もまさか本当にオマエ自らが潜入してくるとは思わなかったから、驚いたぜ!!」
「!?」
「ジンのやつに痛めつけられた傷がまだ疼くんじゃないか?」
「──── っ!!」
その言葉で確信する。
─── まさか、まさかベルモット以外の組織のやつもここに紛れ込んでいただなんて…!!
潜入してくるとしたらベルモットだと当たりをつけていたのと、そのベルモットが去って行ったのを目の当たりにした事で油断した。迂闊すぎる自分の事を呪いたくなる。
「んんんッ!!」
「駄目だろうがよぉ。そう簡単に警戒を緩めちゃ」
バタバタと暴れる名前の耳に囁いて。
懐から何かを取り出した男が手首を握ってこようとした為、紐か何かで拘束する気なのだと思った。
「ッ! んん──── ッ!!」
「…ったく。そんな暴れんなって。痛くされる方が好きか?」
「ッ!!」
押さえていて片手しか使えない為、男は名前の両手首がなかなか捕えられないらしい。
男が仕方なく名前の上に馬乗りになって動きを封じようとしたその時、
ピリッ ピリッ!
「!」
突如として胸元から鳴り響く、名前の携帯の着信音。
それにより男に隙が生まれ、巡ってきたそのチャンスを名前が逃すつもりもなく、名前は男の急所(股間)目掛け思いっきり足を振り上げた。
「ぐおっ!!」
振り上げた足は見事狙い通りの場所にヒットしたようで、名前は悶え苦しむ男を置いて一目散に倉庫を飛び出した。
だが本来であればここで一瞬でも振り返り、相手の顔を確認するべきだったのだとは思う。
けれどもつい先日の記憶が脳裏に蘇ったこととその恐怖から名前は後ろを振り返って相手の顔を確認する事が出来なかった。
それに今自分が注目を浴び、潜入捜査の件がバレればそれこそやっかいな事になるのは間違いない。
荒い呼吸で飛び出してきた名前を見てたむろしていた何人かの刑事たちが視線を向けてきたが、名前は愛想笑いを返してビルを出た。
そして赤井達の車を視界に捉えると、背後を警戒しつつ平静を装って歩く。
─── 確認しなくてもわかる。
先程倉庫の中で絶体絶命の名前に電話をかけてきた相手。
それは捜査会議が終了して他の刑事たちが出てきても尚、なかなか出てこない名前を心配してかけてきたのであろう、
「お待たせ、シュウ!」
その相手と思われる赤井の名を呼んで名前が助手席のドアを開けば、訝しむような視線が寄越された。
「何かあったのか?」
「んー何でか捜査会議に毛利小五郎とクールキッド達も来てたみたいでさ。それでちょっとね」
「まさか潜入捜査が、」
「あ、バレたとかじゃないから安心して!だって俺の変装、完璧だろ?」
ヘマしない限りはバレないよ、と。
名前がそう言ってニッと笑みを返せば、赤井はそうかと言って車を発信させた。
─── 山村が口ずさんでいた童話、“七つの子”のメロディー。
それをベルモットがボスに宛てたメールのアドレスを打ち込む音だという事に気が付いて飛び出してしまい、そのヘマのせいでもう一人紛れ込んでいた組織の仲間に危うく捕まりかけただなんて…
赤井達に言って心配をかけさせたくはない為、名前は動揺を隠して嘯いたのだった。
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