「名前!!怪我の具合はどう?」
一夜が明けて。
お昼過ぎにやってきたジョディとジェイムズは真っ先に名前の心配をした後、リビングの椅子に腰掛けた。
そこに赤井が三人分のコーヒーと、名前用のホットミルクが載ったトレイを持ってやってくる。
「名前君にはもう話を…?」
「いえ。まだ何も話してません」
ジェイムズの問いに首を振って否定の意を示す赤井。
ジェイムズはそれを受けて隣のジョディとアイコンタクトをすると、ホットミルクを手に取る名前に向けて口を開いたのだった。
「…という話なんだが、潜入捜査については赤井君もジョディ君も了承してくれている。だから上には私の方からそう話して、」
「…いや」
上からの命令で名前の静養期間は3日しか与えられず、その期間が明けた後は今巷で騒がれている“広域連続殺人事件”の捜査の為、警視庁に潜入捜査させろとの達しが来たが、なんとかしてその潜入捜査は赤井とジョディの二人に行かせようと思うからと全ての経緯を一通り話したジェイムズだったのだが、名前はそのジェイムズのセリフを途中で遮るようにして口を開いた。
「それには及びませんよ。俺、その話受けますから」
「「「?!」」」
名前からの予期せぬ返答に。
声を発した名前以外の三人は、驚いたように目を見開いて名前を見つめた。
だがそんな三人にトドメとばかりに、改めて同じ返答を紡ぐ名前。
「その潜入捜査。俺が引き受けます」
「おい、名前!!」
赤井が静止するように名前の肩に手をかけるが、名前はその手をやんわりと外してジェイムズの方を真っ直ぐ向いた。
「上からの命令なんですよね?あー…だったら俺にも、ジェイムズ達にも選択肢なんてないんです」
「! やはり君と上との関係には、」
諦めたように手にするホットミルクを置く名前に、ジェイムズが真相を問いたげな眼差しを向けた。
その視線の意味を察した名前は微かに笑んだ後、肩を竦めて口を開く。
「俺の個人情報全てを組織の奴らに捕まらないよう隠して、国家機密扱いにまでしておいて。けどその組織を捕らえる為に逆に俺を使おうとしてんだから…対した扱いだと思いますよ、上の考えは本当に」
この際だから全部話しますけどと前置きした名前は、どこか冷めたような瞳を窓の外に逃がした。
「ジェイムズ達が違うってのは分かってるんですけど…元々FBIがそうまでして組織に狙われてる俺を生かしてるのは、俺が組織に狙われてる以上、俺を利用すれば逆に組織の手掛かりを掴める可能性が高くなるからなんですよね」
じゃなきゃこんな世間の常識をひっくり返すかもしれない能力を理由に組織から狙われてる俺をFBIが生かしておくわけもないですしと続ける名前。
「だって普通なら組織に狙われる俺を国家機密扱いにまでするくらいなら、殺さずとも外に出さないでFBI内で管理していればいい。
FBIの一員として訓練させ、変装してるとはいっても外の任務につかせるだなんて事はまず、有り得ないと思いませんか?」
「名前、お前は一体何を」
「ジェイムズ達は知ってる、かな?」
赤井のセリフを遮って。
窓の方を向いていた名前がふいにジェイムズの方に向き直ると、問いかけるように小首を傾げた。
「俺、FBIに保護された最初の時に一つ誓約書を書かされてるんですよ」
「…誓約書?」
「組織が俺を狙ってる“数式予想及び・確実予想”とされてる能力。そのデータが詳しく統計される前に組織から逃げ出したし、FBIに保護された時にも最初その能力についての真意を確かめられそうになったんですけど…」
そこで名前は悲しげに一度目を伏せて悔しそうに唇を噛み締めた後、今にも消えそうなくらい小さな声で呟いた。
「そんな事されるくらいなら今すぐ、この場で。舌噛み切って死んでやるって言いました」
「なっ……!!!!」
だって毎日毎日得体の知れない黒ずくめの男達に終われる日々で、捕まったら数字の並んだパソコンの前に向かわされ、カジノのような台の上で回るサイコロの目を予測しろと強要されるばかりで、と。
「あの頃はそれが何を意味するものなのかなんて分かってなかったけど、とにかくもう毎日が嫌で、辛くて。…だからそれをまた強要してくるFBIの奴らの前でなら、もう死んでもいいと思ったんです。
……でも!!でもそれならその憎い組織の奴らを捕らえて、自由に生きてみたくはないかってそう、そうあいつらが言ったんだッ!!」
「そ、んな…まさか」
三人とも初耳だったのだろう。
名前の語る自分たちFBIの“上”が名前にした事に。
名前がFBIにその身を置く意味の本当の真実を知って─────
「組織の奴らが捕まるまで俺の情報の全てはFBIが国家機密として隠し、俺はいわゆる『社会的に存在しない人間』になった。そしてそうなる事で俺は組織に捕まる事もなくなったし、少しずつ奴らに怯えないで過ごす日々を手に入れられる様にもなったわけなんだから…」
皮肉ですよねと言って笑う名前。
「でも、そのおかげで俺は今こうしてFBIとしてでも外を出歩けるようにもなったし、ジェイムズ達とも会うことが出来たわけなんですけどね!!
公共機関での学びでこそなかったですけど、FBI内で義務教育以上の知識・経験等も得ることが出来たのは本当に良かったと思ってます」
ニッコリと笑って、けれどすぐにまた表情を隠して。
「…でも、」
FBIがタダでそんな“無償な安全”などをくれるはずもなくて。
それは同時に、ふとした瞬間に壊れてしまう可能性を秘めた、死と隣り合わせの交換条件。
「俺が組織に捕えられてもし、もしこの能力を奴らのために使う事を余儀なくされた時には…その時こそ───── 俺は舌を噛み切って、自害しなきゃならないんです」
…そう。そしてそれこそが名前がFBIに誓わされた絶対的な誓約であり、その身を縛り続けられている重い楔。
あまりの事に言葉を失う三人を前に、なんかいきなりすいませんこんな話と謝って名前は頭を下げた。
「だから今回、ジェイムズから潜入捜査の件を話すよう“上”が指示したっていうんなら、それならもうそれは俺が蹴れない任務なんです。
…だからシュウ達との今の生活を壊さない為にも、俺が全力で奴らより先にそのメモリーカードを手に入れてやりますよ!!」
そうカッコよく言い切り、ニカっと笑う名前。
だが、赤井は一人気付いていた。
言い切る最後の瞬間、名前が机の下の拳に力を込め、強く強く握りこんでいた事に…
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