「洗い物を片付けてくるから、少しの間そこでゆっくりしてるといい」

「え?あ、うん。ありがと」


食べ終わった後の食器を手にして流し台へと向かって行く赤井。

その背をチラと見て、名前は口を開いた。


「シュウ、この後も仕事だよな?」


それなのに洗い物まで─── という思いから投げかけた問いだったのだが、言ってからハッとなって名前は手で口を覆った。

何故なら今の問いではまるで行くなと言ってるみたいじゃないかと思ったからだ。

だが赤井は名前のその質問に洗い物をする手を止めると、首を横に振った。


「今の状態のお前を一人置いて。俺が仕事に行くと思うか?」

「…え?」


名前が驚いたように視線を上げると赤井は蛇口を捻って出していた水を止め、名前の前に立った。


「生憎と俺は。好きな女が傷付いてる時に一人にさせる程愚かではないんでな」

「シュ、ウ」

「もうどこにも行かない」


今日は、とは赤井は言わなかった。

自分を見つめる赤井の真摯な瞳を受け、その言葉の意味を理解した名前は思わず視線をさ迷わせてしまう。

その際ジンに抱かれた時の忌々しい“痕”が視界に入ったが、赤井が先程新しい“痕”にと塗り替えてくれたおかげで、今はもうそれが目についても嫌な気はしなかった。


「お前が望んでくれるのであれば俺は…」


ゆっくりと近付いてくる赤井の唇を受け入れながら───

名前は戸惑うように瞳を揺らした。

正直好きという感情がわからないし、そもそも存在している情報のない女に好かれるだなんて一体誰が喜ぶというのか。

だから赤井の気持ちは嬉しいがどう答えを返していいものか分からず、ただ自分の中のこのよく分からない感情が万が一にも赤井の事を傷付ける事にならなければいいと強く願った。

…それでも。

応えられるなら応えたいと願う気持ちは正直に名前の体に表れ、自分でも知らず知らずのうちに気付けば赤井の首に手を回していた。


「名前」


赤井とて名前との付き合いは短い方ではなく、むしろ名前が物心着く前から一緒にいるわけなのであるから、誰よりも一番名前の事を知っている自信がある。

だからこそ、名前からの返答がなくとも赤井には名前の考えていることが、その葛藤が手に取るように分かった。


「もう少しだけ…こうさせて」


首に手を回して小さく呟く名前を見て、赤井は猫みたいだなと思った。

懐いた相手にはこうして甘えるが、嫌いな相手には危害を加えられても尚、爪を立てて威嚇し続ける猫。

きっとあのジン相手にも反抗的な態度を続け、それ故に手酷く抱かれたのだろうと推測する。

赤井は暫くの間じっと動かずにいたが、名前の手が首から離れたのを見て口を開いた。


「風呂にしないか?出たら怪我の手当てもしないとな」


そう言って赤井は名前を抱き上げると、浴室へと向かった。

裸こそ見慣れているものの着替えを手伝うのも嫌がった事からして自分で脱ぐかと問えば名前が頷いた為、赤井は名前が服を脱いでいる間中に入って料理中に溜めていた湯の温度を測った。キッチンの壁についている給湯器からお湯張りも出来る為、赤井は先程の料理時にそのボタンを押していたのだ。

本当は入浴剤等があれば一番、名前の傷付いた体にもいいのだろうが……

赤井は頭の中の買い物リストの中に入浴剤を加えると、次に外出した際には買っておこうと誓った。


「えっ?い、いつの間にお湯溜めてたの!?」


服を脱ぎ終わった名前が後ろから赤井を覗き込んで、溜まってる湯に目を見開いた。


「料理の時に少し、な。先に体を流してるといい」


赤井は風呂の椅子に名前を座らせると、その手に湯を調節したシャワーを持たせて自身も手早く脱いだ服を脱衣場へと放った。


「……っ」

「しみるか?」


赤くなっている箇所に湯がかかる度、痛むように顔を顰める名前。

名前の陶器のような白い肌に走る傷跡は、否が応にも目に付いて痛々しかった。

明かりの下で見る裸体はベットの上で見たそれよりも遥かに痛々しく、ところどころ痣になっている所も窺える事から、赤井が思っていた以上にジンは名前に手を上げていたらしかった。


「な、か…入るっ……」


ちょろちょろとした痛みよりも浴槽の湯に浸かる事で一思いにいきたいのか名前は浴槽のへりへと足をかけて─────


「…………」


だがその先の勇気が出ないのか、唸ったまま静止してしまう名前。

名前のその姿を見た赤井は苦笑しながは湯船へと足を踏み入れると、


「ほら、」


名前の手を取り、ゆっくりゆっくりと一緒に腰を屈ませてゆく。


「これなら入れるだろう?」


きっと自分がこんなにも優しく迎え入れる体制を取るのは、後にも先にもこいつくらいのもんだろうなと思う赤井なのだった。

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