「う、動けない……」
赤井との行為後。名前は本格的に立ち上がれないことに気付いて愕然とした。
両手を突っ張って上半身を起こす事は出来ても、下半身は全くと言っていいほど力が入らなくて。
「行きたいところがあるなら連れて行ってやるが、そんな状態のお前を一人では出してやれないな」
着替え終わった赤井はそう言って後ろから名前の頭をひと撫ですると、名前の華奢な体にシーツを巻き付けて抱き上げた。
「どうせ何も食べてないだろう?腹も空いたんじゃないか?」
そう思って赤井が腕の中の名前に目を遣ってみると、
「…ふふっ」
そこにはなんとも嬉しそうな笑みを浮かべる名前の姿があって。
名前は赤井の胸に顔を埋めると、嬉しそうにぐりぐりと頭を押し付けてきた。
─── 可愛いな。
「甘えてるのか?」
返事こそないものの頭を押し付けてくるのをやめない辺り間違いなくそうなのだと赤井は確信する。そして、
「ありがとな、シュウ」
何に対してのお礼なのかは分からないが、名前が幸せそうなのであればと、赤井は返事の代わりに名前の頭にキスを落とした。
続いてリビングのソファーの上に名前を下ろすと、手早く冷蔵庫の中の物を確認する。
ジョディが2、3日分の食料の買い置きとして入れておいてくれた食材がある為、赤井はそれらのいくつかを取り出し、キッチンの上へと並べた。
それを見て驚いたように目を見開く名前。
「えっ。シュウって料理出来るの!?」
「少しはな。今のお前に必要なのは出来合いのものなんかよりも、バランスの取れた食事だろう?」
名前の問いにそう返して人参を刻み、鍋に火をかける赤井。目を白黒させてその光景を見ている名前に苦笑しつつ、赤井は右手を上げた。
「ジョディが前のマンションから持ってきてくれた服がそこにある。取れるか?」
赤井が料理の合間に指差した先には、大きめのボストンバッグが一つ。
名前が座るソファーからそう遠くない所に置いてあるバッグは、少し移動すれば今の名前でも取れるだろう。
「もし着替えも手伝う必要があるようなら─── 「ない!!」……そうか」
名前は痛む腰をなんとか動かしてボストンバッグを引き寄せると、中に入っている服の中から適当な物を手に取ってシーツ下で手早く着替えた。
そして名前が一息ついたところで辺りに料理のいい匂いが立ち込め始め…
「…え?!」
次々とテーブルに並べられる料理達を見て、名前は再び目を見開く事となった。
そこに並べられたのは人参のポタージュと鶏の照り焼き、そして何種類かの豆を使ったマリネのような物まであって。
「ちょっ、え?!シュウこれ、もしかして俺なんかより断然料理上手いんじゃ…」
どこぞの料理レシピ本さながらの光景に名前が驚いていると、箸と飲み物が入ったコップを置いた赤井が名前を抱えて今度はダイニングチェアへ下ろした。
そして赤井自身もその向かいの席へと腰を下ろし、箸を手に取る。
「何でも出来る男って恐ろしい…」
いただきますと手を合わせる赤井に倣って名前も手を合わせつつ、そう呟いた。
「何か言ったか?」
「な、なにも! …って、何これすっごく美味しい!!!!」
最初に手をつけた人参のポタージュは程よい甘さと温かさで、それは名前の傷付いた体に沁み渡るようにしみ込んだ。
「…っ!! 幸せだなぁ…」
思わずそう呟いたら赤井がこちらを見てきて目が合ってしまった為、名前は反射的に顔を背けてしまった。
─── …俺今何て言った? 勝手に口から…
「フッ。俺も朝起きて、お前が隣にいるのは悪くない」
名前がぶんぶんと頭を振っていると、応えるかのように赤井の優しい声が響いてきた。
だから、
─── この幸せがずっとずっと続けばいい。
本気でそう思った。
組織に狙われる事もなくなり、自分の個人情報も、経歴も。
その全てが他の人と同じように積み重ねられ、残され。そして胸を張って生きていけるようになったらその時は────
こんな幸せな日々に身を任せていたい。
自分も赤井と同じように、朝起きて一番に目にする人物がシュウであったら、なんて。
願ってもいいのであれば、どうか……
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