「……あ?」
取引を終えたジンが乗り込んだエレベーター。それが開いてすぐ。
名前を部屋から逃がさない為に配置した筈の二人が廊下に転がっているのを見たジンは、目を見開いてすぐさま部屋の中へ駆けた。
そして────
「!」
部屋の中に居るはずの名前の気配も、その姿もない事に眉を顰めるジン。
…あの状態の名前が大の大人二人を倒し、一人で逃走を図ったとは考えにくい。
ジンは自分が相当な鬼畜だという事も自覚してるし、ただでさえ昨日は無理矢理名前に40℃近い酒をほぼ一本丸々空けさせて犯した挙げ句、朝も嫌がる名前を足腰立たなくなるまで浴室で犯したのだ。
実際そのせいで名前はここに着いてから歩く事もままならず、ジンによって横抱きで部屋まで連れてこられた程で。
そんな状態の名前が逃げる事が出来たとすればそれは即ち、誰か他の者が手を貸した以外に考えられなかった。
「……チッ」
ジンは考えうる一人の人物の顔を思い浮かべると、部屋を出てその人物の部屋をノックした。
「あら、どうしたのかしら?ジン」
「…名前の奴をどうした」
ジンは鋭い目でその部屋の人物── ベルモットを見ると、厳しく問いかけた。
ベルモットは顔にかかる髪を優雅な動作でかき上げ、首を傾げる。
「何の事かしら?私はまだ、あなた達が捕らえたと聞いてから名前には会ってないわ」
「シラを切る気か?…あんな状態だ。誰かが手を貸したんでもなきゃ、一人で逃げ出せるはずねぇよ」
「あんな状態って……一体どんな状態だったって言うのかしら?」
そう言いながらベルモットは艶かしい動作でジンに擦り寄りつつ見上げると、ジンは眉間のしわを増やしてその分後ろへ退いた。
「あのお方からのメールには、“名前を逃がせ”とでも書いてあったか?」
「私がそうだと言ったら、あなたは信じるのかしら?」
「……くだらねぇ」
話す気がない相手に割く時間はないとばかりに、ジンはベルモットに背を向けた。
「…言っとくが、いくらお前があの方のお気に入りだろと何だろうと、俺の邪魔をする事だけは許さねえ」
「そう言うあなたこそ、だいぶあの子がお気に入りなのね」
あの方のモノなのに、と笑むベルモット。
それには何の返答もせず、立ち止まりもせず。
ジンは無言でベルモットに背を向けると、自分の泊まる部屋へ帰っていった。
ジンの背が部屋の中へと消え、完全に見えなくなったのを確認するとベルモットは小さく呟く。
「ジン…あなたは気付いてるのかしら?
自分がどれだけあの子に執着し、手に入れようと望んでいるのか…」
─── 手をあげるのは、あの子が自分の方を向こうとしないからでしょう?
あなたがあんなにも多くの“痕”をあの子に残すのは、自分のモノであるという事をその場だけでも確かめていたいから。
かつてジンと体を交えた事があるベルモットにはわかる。
ジン、あなた── ……
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