「僕の事。…怒ってますか?」


あれから。
電話でキールこと水無玲奈にも事情を話した安室は、現在名前を連れ車でホテルを後にしていた。

ジン達が取り引きを終える前に名前をFBIの元に送り届ける為、安室は愛車であるRX-7の後部座席に名前を乗せ、スピード違反ギリギリの速度で首都高を駆けていた。

名前を助手席に乗せなかったのは、万が一にも組織の人間に名前を見られる可能性を考慮しての…


─── いえ、本当は震える彼女の肩を見てしまったから、ですかね。


「…怒ってる」


そこへ後部座席から響いてきた名前の力ない声に、安室は思わず運転する手を緩め、振り返ってしまいそうになった。

寸でのところでそれを踏みとどまり、何とかバックミラー越しに窺うことで運転を続ける。


「伝えるにしても…タイミングってものがあるじゃん」


スポーツカーゆえ後部座席の座席が横たえられるような構造ではない為、辛そうにシートに背中を預けつつ続ける名前。

俯いている為名前のその表情は見えないが…
安室自身抑えられなかったとはいえ、あの時の自分が取った行動には言い訳のしようもなかった。


「挿れられてたりしたら多分、絶対。殴ってた」

「…すみません」


切なげに震える名前相手に。
衝動を抑えるのは並大抵のことではなかったが、安室は指での挿入以上の事はしなかった。


「透の事。…嫌いじゃないよ」

「ッ!」


信号が赤で本当に良かったと思う。

今度こそ安室は後部座席を振り返り、真っ直ぐに名前を見つめた。

暗がりの中ジンの“所有痕”だったり傷だったりを隠す為安室が巻いた包帯の白が痛々しく映る。


「でも今の俺は誰かを選べる立場でも、ましてや付き合える立場でもない。
組織に狙われてる以上── 普通社会では俺の“生い立ち”も、“学歴”も。普通の人が持って生まれて、育って作り上げていくはずの情報が俺には…俺には何一つとしてないから!!」


FBIや公安。

それらが全力をあげてもいまだに捕まえる事の出来ない巨大組織からの魔の手を逃れる為、名前は公共機関の学校に行く事はおろか、容姿や性別、その他全ての“生きている記録”を国家機密として扱われ、管理されているのだ。


「ッ!! 名前のせいじゃありません!!」


青になった信号により視線を戻し、再びアクセルを踏み込む安室。


─── 伝えたい事は沢山あるのに!!
かけたい言葉は、こんな言葉なんかじゃないのに…ッ!!!!

だが、それをどんな形で今の名前に伝えればいいのか分からなくて、悔しくて。


「…ありがと」


聞こえてきた言葉が。

それを発した人物が抱える痛みが。

安室の胸を痛いほど強く締め付け、フロントガラスに映るその顔を泣きそうに歪ませていた。



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